一般人令嬢は御曹司の婚約者
彼の姿が完全に見えなくなってから、少しずつ失った感覚が戻ってきた。

「あーあ。フラれちゃったねぇ」

「当然の報いよ。あんたなんかにイケメンはもったいないわ」

キャハハと下品な笑い声をあげながら、彼女たちは去っていく。
遠くで人のざわめきが聞こえる。

ぼーっと突っ立っていた私の前に、長身の陰が止まった。

「お久しぶりです」

ぼんやりした視界がはっきりしだす。

「……藤宮さん」

認識したのは、祝前麻里奈就き執事。
彼は怖いくらいにゆっくり微笑んで。

「どうやらあなたは失敗したようですね」

「………っ」

「こうなれば婚約破棄は時間の問題でしょう。まったく余計なことを……」

見下した目に睨まれて、震える体では立っているのが精一杯だった。

「まったく……。警察に駆け込まれても面倒ですし、ここで消しましょうか」

氷のように冷たい声に、肩がびくんと跳ねた。
最悪の想像が脳裏を過ぎる。
迫る手に身を硬くする。
彼の伸ばした手が私に触れようとした瞬間、電話を知らせる機械音が鳴った。
伸ばした手は引き戻され、彼自身のポケットに入り電話を取る。

「はい、藤宮です……」

彼は電話に耳を傾ける。
私は無意識に詰めていた息を吐いた。

助かった。
でもこれは一時的なもので、根本的な解決にはならない。
どうしよう。

そうしているうちに藤宮は電話を切って、ポケットにしまった。

「状況が変わりました。命拾いしましたね」

藤宮はペッとつばを吐いて足早に去っていった。

私は呆然とすると同時に、安堵でいっぱいだった。

この場は助かった。
けど、これからどうしよう。

この辺の地理分からないから、自力で帰るのは難しいかな。
お金はまだあるけど、念のため残しておきたいし。

うーんと考えていると、ぽんぽんと肩を叩かれた。

今度は誰!

反射的に振り返ると、頬に指が刺さった。

「やーい、引っかかった」

至極楽しそうな声に、自然と肩の力が抜けた。
懐かしい顔、声。
私はこの人を知っている。

「………マスター……」

「迎えに来たよ」

彼は私の肩に置いた手を離し、ひらひらと振って見せた。
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