一般人令嬢は御曹司の婚約者
再び皿を見下ろすと、口端が引きつるのを感じた。
さっき受け取ったときは良く耐えたと、自分で自分を褒めたい。
席に着くまでに見た、他の人のトレイと自分のトレイを比べる。
他の使用人は、ファミレスで出てくるようなメニュー。
だが、明らかに私のは残飯。
むしろ『ねこまんま』といったほうが正しいだろう。
見た目は最悪。
生ごみでないだけ良かったと思いたい。
残すことも脳裏を過ぎったが、もったいないと思い直す。
恐る恐る箸で掬い、少量だけ口に運ぶ。

「……!」

だが、さすがお屋敷で雇われるだけあって、ねこまんまでもおいしかった。
形なんて些細なことと、普通に平らげた。
綺麗になった皿を返却カウンターに出すと、私のトレイに皿を乗せたシェフがニヤついた顔を驚愕のそれに変えた。
彼は、私が手もつけずに返してきたと踏んだが、実際は空にしていたため予想は外れた。
といったところでしょうか。

私はすかさず営業スマイルで会釈する。

「初めまして。本日より使用人となりました、祝前麻里奈と申します。厨房のお皿洗いの仕事をおおせつかりましたので、案内していただけますでしょうか」

いつの間にか、『祝前麻里奈』を名乗ることにも慣れてきた。

「あ、ああ………。そこの戸を入ったらすぐ分かる」

「有り難うございます」

彼はぎこちないながらも答えてくれた。
言われたとおり戸を抜けると、カウンターの内側に来た。
そして目の前に山を形成している食器たち。

たしかに、すぐに分かった。

「よしっ」

気合を入れて、袖を邪魔にならない高さまで折る。
流し台の前に立つと、スポンジに洗剤をつけて一枚一枚磨き残しの無いように。
だけどもてきぱきと洗い、流し、積み上げていった。
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