一般人令嬢は御曹司の婚約者
「………」

下手にしゃべって相手を怒らせることはない。
穏便に済むように口をつぐむ。

「黙ったって無駄よ、あたしたちは知ってるんだから」

来て数時間の私の何を知っているというの。
どうせ、御曹司絡みなんでしょう。
こういう時の呼び出しは、大抵あこがれのあの人に近づくなという忠告と相場が決まっている。
適当に相槌を打ってやり過ごそう。

「あんた、草薙様の婚約者候補なんでしょ」

………はい?
出てきた予想外の言葉に、頷くのを忘れた。

「メイドの格好したって、あたしたちの目はごまかせないわ。候補の癖に学校まで追いかけてくるなんて、図々しい」

「そうよそうよ! わざわざ必要もない問題集を届けるところなんて、いかにもって感じ」

「あんたが来たせいで、草薙様がどんなにお心を痛めたことか……」

よよよと泣きまねをする女生徒たち。
そんな三文芝居に興味はないけれど、なに。
問題集が必要ないですって?
あんのボンボンは時間割間違えやがったのか。
せっかく人がわざわざ仕事中断してまで来てやったというのに。
雇い主だからって、やっていいことと悪いことがある。

……ちょっと待って、もしかしたら、わざと?
幼稚な嫌がらせの延長線か。
納得したくないけど、そう考えれば説明がつく。
だから昨日、1日で問題を解けと言ったのかしら。
それをすぐに解いた私への第2の嫌がらせ。

全ては、祝前側から婚約破棄をさせるために。

たとえ小さなことだとしても、弱者の私は泣き寝入りするしかない。
足元見やがってあのボンボン、ろくな死に方しないわよ。
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