一般人令嬢は御曹司の婚約者
政略結婚に説明はあっても、同意以外の選択肢はないんですよねぇー。
これぞ、パターナリズム。

「はぁー………」

盛大なため息が漏れた。

「何ぼーっとしてんだ、とっとと入るぞ」

御曹司を見ると、場所は違えどいつぞやのデジャヴ。

「セクハラですワン」

「婚約者候補だろ?」

「今のわたくしは坊ちゃまにお仕えする使用人ですの。労働基準法が適用されますワン」

「しかたねーな。恥ずかしがりやな婚約者候補のためだからな。俺ってやさしー」

ええ、ぜひとも私という使用人のために優しくあってくださいませ。
布ずれの音が止んでから見れば、腰にタオルが巻かれていた。
やっと一息つける。

「残念か?」

「いいえ全く。着替えるので先に入っててくださいワン」

「待っててやるよ。女は団体行動が好きだろ」

「それは偏見というものですわ。世界中の女が女同士でキャッキャウフフしてると思わないことですワン」

「冗談だよ。んじゃ、先にいってる」

まったく、どこまでが冗談なのか。
背を向け、まっすぐ大浴場に入る御曹司を見届けてから、着替えようと背中のチャックに手を掛け。

「逃げるなよ」

「逃げないから、覗くな! ワン!」

すぐさま開いた戸から顔を出す御曹司。
脱ぐ前だったからよかったものを……。
柄にも無い悲鳴を上げるところだったわ。
危機感を覚えた私は急いで着替える。
ピチピチのスク水に苦戦を強いられた。
これを着るのはいつ振りか。
懐かしさに浸れるほどの思い出なんて、持ち合わせていないのだけど。

さあ、御曹司が待ってる。
覚悟を決めて、戦場へ続く扉を開けた。

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