一般人令嬢は御曹司の婚約者
「先手必勝!」
出迎えてくれたのは、アヒルさんなんてかわいいものじゃなく、銃口。
目の前に突きつけられたかと思えば、次の瞬間には私の額から水が流れていた。
「フッ、隙だらけだなぁ」
「…………」
ニヒルにわらった御曹司。
銃口から出る煙を吹き消す真似をする姿は、さながら凄腕ヒットマン。
私は何が起こったのか理解するのに、数秒の時間を要した。
大浴場に続く戸を開けたら、いきなり銃で撃たれるなんて、誰が想像できる。
まあ、銃といっても、精巧なつくりの水鉄砲なのだが。
「このときのために取り寄せたんだ。お前にはこれを貸してやる。さあ、やるぞ」
渡されたのは、駄菓子屋さんに売ってそうな、スケルトン水鉄砲。
これで立ち向かえと?
引き金を引けば、ぴゅーと噴水が上がった。
対する御曹司は高い天井に着くくらいの勢いがある。
………差別だ。
水力が違いすぎる。
手の中のものに悲しくなっていると、胸を打たれた。
「つっ!」
さすが、勢いがあって強い。
反撃を試みるが、スケルトンじゃ離れたところにいる御曹司に届かない。
こうなったら、あたる距離まで近づくしかないでしょう。
私はタッと地を蹴り、御曹司との距離を詰める。
「血迷ったか!」
御曹司が連射してきた水を、横に跳んだり、体をひねったりと、ぎりぎりのところでかわす。
十分彼に近づいたところで、再び引き金を引いた。
私の放った水は御曹司の口に入り。
「ぶっ、げほっごほっ」
御曹司がむせたところで一気に勝負を決める。
彼の手から銃を奪い、後ろに回って銃口を背中に突きつけた。
慣性の法則で尻尾が揺れる。
「私の瞬発力をなめないでくださいワン」
得意なことは、ドッジボールでの逃げ足と反復横跳び。
履歴書に書きづらい項目である。
「けほっ……卑怯だぞ」
「出会いがしらの不意打ちも十分卑怯ですワン」
「俺はいいんだよ」
「しばくぞ!」
俺がルールの態度にいらっときた。
カチャッと銃口を御曹司の背中に押し当てて。
「あっ……」
「えっ?」
御曹司が上を向いて声をあげるものだから、つられてそこを見てしまう。
すると彼は私の拘束をすり抜けていった。
「バーカ」
「………」
だまされた。
まさかこんな使い古された手に引っかかるなんて。
「でも、武器はここにある。どうするワン?」
私は御曹司から奪った銃を構える。