一般人令嬢は御曹司の婚約者
かんしやく
「………というわけです」

御曹司が帰宅する頃には、使用人は運転手を除き全員出払っていた。
運転手もすぐに席をはずすことだろう。
皆、明日から三日間の休暇に入ったのだ。
出迎えが私しかいない事に説明を求められ、今朝の当主草薙雄一の話をかいつまんで説明した。
期間が少々フライングしているようだが、その辺は触れないでおく。

「ははーん、やっとか。せいせいする。さぁ、お前も早く出ていけ」

「申し訳ございません。わたくしは隆雄サマの監視役を仰せつかっておりますの」

「監視役なんていらない、俺が信用できないってのか?」

「まさか」

私は恭しくお辞儀をした。

「わたくしのことは、ないものとして扱ってくださいませ。そのために、使用人でなく婚約者候補のわたくしが残ったのですから」

使用人はどうしても贔屓目で見てしまう。
そのぶん、第三者の目の方が正しい判断が出来る。
その意味もあっての人選だ。

「………ちっ、しかたねぇな」

「解っていただけたようで何よりですわ」

結局、御曹司が折れた。

「その前に、もうここには俺とお前しかいないんだろ。その気持ち悪いしゃべり方やめろ」

「らじゃー」

とたん砕けたものになる返事に、御曹司は満足げに頷いた。
そして、私に鞄を押し付けようとする。
後方に数歩下がってそれをかわした。
御曹司の眉間にシワがよる。
なぜ受け取らない、と彼の目が言っていた。

「もうお忘れですか鳥頭。独り暮らしは始まってますよ。私は、いわゆる天の声ってやつ?」

「わけがわからない」

「まーまーおきになさらず。邪魔にならないところに控えていますので、降参ならいつでも言ってくださいね」

私は言いながら御曹司と距離をとる。
まぁ頑張れやの意味を込めて、親指を立てた。
御曹司は舌打ちひとつしてから自室へと歩き出す。
その手には学校指定の鞄を持ったまま。
私は一定の距離を保ったまま、彼の後をつけた。
目の前で閉まった扉を開けてくぐり、御曹司の監視に勤しむ。

「……つかさー、もうちょっと気配を消すとかできないのかよ」

「あんたが私をどう思ってるか知らないけど、私は忍者やこそ泥じゃないの。そんな高等技術持ち合わせているわけないじゃない」

「気になって仕方ないんだよ!」

「まったく、ボンボンは注文が多い……」

やれやれと肩を落とす。
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