一般人令嬢は御曹司の婚約者
少し離れたところから、見守るという名の睨みつける視線を向ける。
御曹司は、気にすることなく頭をかいたり貧乏ゆすりをしたりとせわしなく動く。

「ううう………」

やがて頭を抱えてうなりだし、頭をかく手がかきむしるものに変わり。

「うぎゃぁぁああああ!!」

空を仰いで発狂した。
どんだけ難しい問題にあたったことやら。
好奇心がないわけではないが、口元を手で隠し、肩を震わせるに留めた。

「そこ! 笑うな!」

御曹司は目ざとく私の行動を指摘してくる。

「はいはい、おとなしく待てをしている犬にあたらない。集中するー」

「犬はしゃべんねぇよ! ワンと鳴け」

「私はご主人様を監視する賢いお犬様ですからー」

人間の言葉を操れるのですよ。

「九官鳥か!」

訳のわからないツッコミをかましてから、教科書を突きつけた御曹司。
視力に自信のある私は、そこに書かれている文字を読んだ。
どうやら化学の問題らしい。

「じゃあ、これを解いて賢いお犬様だと証明してもらおうか!」

「………」

「なーにー? こんなのもできないのー? か、し、こ、い、お、い、ぬ、さ、まぁ?」

「…………あほか」

わざとらしく強調した『賢いお犬様』に苛立ちが沸かないわけではない。
だがそれ以上に古典的すぎて、あきれてものも言えないだけ。
もうちょっとましな挑発のセリフを考えて、出直してきなさいな。

「私に助けを求めるってことは、降参ということで、いいですね」

私は御曹司に歩み寄り、教科書に手を掛けようとした瞬間、それが遠くへ離された。

「待て、俺は負けてない!」

「おや? 先ほど解けとおっしゃいましたよね」

「取り消しだ、あっちいけ! しっしっ」

片手で追い払われ、私はおとなしく元いた位置まで下がる。
まったく、監視役も楽じゃない。
あちらから呼んできたくせに、次の瞬間には邪険にされ。
追加料金をいただきたい気分ですわ。
でも、残念ながら、私の場合は現物支給。
あって、三回の食事が残飯でなくなるといったところでしょうか。

やっぱり、割に合わない。
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