クラッシュ・ラブ

メガネがない視界で、よりぼやけていたお皿をぼんやりと眺めて思い出すのは、やっぱり彼女。


早く帰りたいなぁ……。


「ユキ。ちょっとまわってくるから、頑張れよ」
「え、あ、うん」


オレをこの場に立たせた張本人がいなくなって、とうとう自分はなんでここにいるのかがわからなくなる。
……いや、澤井さんの真意はなんとなくわかるけど。


あまりに閉鎖的なオレに、少しでも外界に出させて刺激を与えようとしてるんだろう。

ずっと家にいても、得られることは少ないし。外で、たくさんの人と触れ合えば、新しい発見とか、感情とか。創作意欲とかも今までよりも湧くかもしれない、とか、そういう思惑が。


「はぁ」


確かに、そう言われたらそうだ。否定出来ないけど。

でも、だからって、こんな日常じゃない場面に突然出向いたって疲れるだけで、インスピレーションなんか湧かないよ。


オレは手を伸ばせば届く、適当な飲み物を口にして、存在感を一層消して壁側に立っていた。
そのうち、編集長やら、受賞者やらが挨拶なんかし始めて、ただ時間が過ぎて行った。


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