クラッシュ・ラブ

ちらっと目だけを再び彼女に向ける。そこには、やっぱり、変わらない態勢の杏里ちゃんがいて。
真相がわからないまま、わたしは考えるのをやめるかのように、軽く頭を振った。


「なにか、あたしにも出来ることありませんか?」


作業中の雪生を後ろから覗きこんで、栗色の髪を逆手で耳に掛ける。
そんな些細な光景なのに、わたしの胸がちくりと痛んだ。

……なにを考えてるの、わたし。
あれは、仕事。後輩にあたる彼女に、ただ、雪生は仕事を見せてるだけ。

現に雪生は、一度も杏里ちゃんを見てないじゃない。
見てるのは、自分の持つペンから生み出される、絵だけ――。


頭で理解していても、心がすぐには納得してくれない。
ちくちくと、細い針で刺激されてるような、居心地の悪い感触。

それを一刻も早く払しょくしたくて、自分の仕事に集中する。


「……じゃあ、ここの背景。出来そう?」
「もちろん! がんばりますっ」


キッチンの奥に立ってたわたしからは、二人の姿は見えない。
でも、その会話が耳に入っただけなのに、心がもやもやとした。

『背景出来そう?』『もちろん!』。

それって別に、二人は漫画家なのだから、当たり前の会話なのに。
なのに、その『背景』という仕事が、自分には出来ないからって……。そんなことにすら、嫉妬を感じるなんて、恋って浅はかだ。

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