クラッシュ・ラブ

「なっ……」
「距離的にも、美希が触れるほどの場所には置いてなかったし。……第一。きみ、左利きみたいだから」
「……左利きがなんだっていうんですか」
「左利きなら、インクは普通左側に置くよ。美希のいた、右側じゃなく、ね」


追い詰めたかったわけじゃないけど、まわりくどいのも面倒だったし。
原稿一枚ダメにされたけど、怒る時間があるなら描き直した方が早いし。

――そう。怒ったって、なにも得ないし、ただ自分も相手も疲れるだけで……。怒りを出したところで、得られるものなんか、ない。


「一応、仕事なんだから。私情を挟ん」
「そっちだって! そっちだって、私情……挟んでるじゃないですか……!」


オレからようやく離れた杏里ちゃんは、唇を噛んで声を震わせた。

オレが仕事に私情を……? 威張れるものではないけど、仕事中のオレは、周りからの声が届きづらい。ゆえに、人の言葉を聞き逃すことだってしばしばだ。
確かに、仕事にハマるまでは、今では美希の存在が大きくて、意識はそっちに取られがちだけど。


「よく……言ってる意味がわかんないんだけど」


バカ正直に問い返すと、キッときつい視線と共に、初めて彼女の荒げた声を聞いた。


「だって! そうでしょう?! あの人に気を遣って、あたしにペンを持たせなかったんじゃないんですか?! あの人が唯一出来ないことだからっ」
「…………ああ。そういうこと……」


杏里ちゃんの言っていることを理解して、息をひとつ吐いた。

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