クラッシュ・ラブ

「そ……うなんだ……あれ? でも、秋生さん一人でココにいたけど……」


赤ちゃんは?

ふと湧いた疑問を口にすると、雪生が頭を掻きながら呆れ声で答える。


「『両実家の親孝行』とか言って、半日預けてきたんだって。もちろんアキんとこもオレんとこも親が目尻下げて大喜び。
で、ココ来て、『立ち仕事はまだあんまりしたくない』って、料理より作業したさに来たってカンジ……」


そ、そうだよね! お産って大変だよね!
うちのお母さんがハルを産んだときは、「3回目の出産だし」とか言って、半年経たないうちに仕事に復帰してたけど……。
でも、秋生さんの場合は初産だったわけだし……って、「作業したさ」って!?


「秋生さんも、漫画を……?」


そういえば、誰からかそんなことを聞いたような……?


「……昔、オレにこの仕事進めてきたのがアキだ、ってさっき言ったよね?」
「え? あ、はい」
「それって、まぁ本当にオレが“向いてそう”と思ったのもあるらしいけど。でも、もうひとつ……いや、ふたつか。アイツの思惑があって」


わたしの目線に合わせて、長い足を折った雪生が溜め息混じりに言う。


「『将来、ちょっとした働き口の確保』と『子どものときの小さな夢』だって」
「……」


脳内で、さっき初めて会ったばかりの秋生さんが、したり顔でブイサインしてる光景が浮かんだ。
なんかほんと、すごい人。そういう意味でも、“大きい存在”なのかもしれない。


「要は、自分もこの仕事に興味はあったもんだから。進んで作業に割り込んでくるよ、うるさいくらい」


――ああ。秋生さんにはやっぱり敵いそうもない。

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