クラッシュ・ラブ
「…………よし」
ものすごい間のあと、ひとことだけ言った“ユキセンセ”は、ペンタブを置いてカップに手を伸ばした。
「あ」
それ、空っぽですよね……。
ついひとこと漏らしたわたしは、そのとき初めてユキセンセと目が合った。
「あー、空か」
「えぇと、あの……なにか、いれますか?」
初めての人たちの中、初めての場所で、勝手は全くわからない。でも、“これ”がわたしの仕事みたいだから、役に立たなければ。
思い切って言ったわたしの言葉に、ユキセンセは未だ無言のままだ。
ああ。失敗したかな……。今来たばっかの人間が、「なにか、いれますか?」だなんて、厚かましい言葉だったかも。
それに、間接的とはいえ、カズくんがわたしを紹介しても、全然それに触れられてないし。
本当はわたしなんか必要なかったんじゃ――――。
なんとなく気まずい空気を感じたわたしは、メガネの奥の瞳から逃げるように俯いた。
「コーヒー」
自分という存在を消してしまいたい、などと、そこまで思いそうになったときに聞こえた言葉。
それはカズくんの声でも、もちろんわたしの声でもない。
ユキセンセの声だ。
「……あ。は、はい」
思ったよりも低音の声に、肩を上げて少し萎縮してしまう。けど、沈黙よりは百倍マシ。
わたしは空のカップをそっと回収すると、すぐ横の対面キッチンへと向かった。