時の流れで、空気になる【短編】
俺は右手の薬指に嵌めているはずのプラチナのリングが、ないことに気付いた。
去年のクリスマスにペアで揃えたものだ。
プレゼント交換の形で。
サツキのがダイヤが入ってるから10万くらい高かったけど。
去年の10月の辞令で、エリア統括責任者になった俺は、出張や残業が増え、サツキと過ごす時間がとれなくなった。
サツキがペアリングをしよう、と言い出したのは、『絆が欲しい』という理由からだった。
「やべ……参ったな…」
右手の薬指をまじまじと見る。
いつからないんだろう?
ふちにゴールドのラインが入った艶消しのそれは、俺の皮膚と完全に一体化していたはずだった。
夕方、取り引き先から帰ってきて、パソコンに日報を打ち込んでいる時はあった気がする。
サツキが不機嫌悪いはずだ。
ひと月ぶりのデートが、夜景の見えるバーではなく寂れた映画館で、俺の指にはリングがなかったのだから。
もしかしたら、映画館の中に落としたのかもしれないけれど。
「ま、いっか…」
中にいた高校生カップルがイチャイチャしてるかもしれない。多分。
そんなところに戻って、床這いつくばって指輪探したら、絶対、変態だと思われるだろ。