初恋ピエロット
「野田、何かあった?」

顔を上げると小鳥遊が心配そうな顔で俺を覗いていた。

「あ?ああ、わりぃ。昨日ちょっと寝れなくてさ」

俺がそう言うと小鳥遊は少しだけ瞳を泳がせた。小鳥遊も何かあったのだろうか。

「あのね。野田に言うことじゃないと思うんだけど。昨日、女の人に野田のこと聞かれた・・・」

小鳥遊は伏し目がちに言った。その瞬間、俺には昨日の恵の姿が浮かぶ。それと同時に、昨日爆発によって火傷した首元の痛みが強くなった。

「それって・・・どんな奴だったか、思い出せるか?」

俺は不自然に見えないようにあまり気にしていないような感じで聞いてみる。

「黒いストレートのショートカットに緑のピアスはめてた。で、野田太一のことをなんでもいいから教えろって」

やっぱり恵だ。あいつはどこまで知っているんだ。

「で、小鳥遊は、なんて言ったんだ?」

「え?試食ばっかり食べてる変な奴ですよ、って」

「てっめぇ!ふざけるなよ!」

「だって、そうじゃん」

小鳥遊はさっきに比べて少しだけ笑顔になった。でも、小鳥遊が学校生活のことを話していなくてよかった。
でもこの辺を恵がうろついてるってことは昨日なくなったあのフェイクのUSBもあいつがとったのか?







三ヶ月後
桜が咲き誇る四月。
俺は自分の気持ちが恋だと知った。

世界すべてが輝き、全てのものが俺を祝福しているようだった。そんなとき、初恋の相手は、俺に決定打を解き放つ。


『野田はピエロみたい』









「小鳥遊?」

傘で顔が隠れている。
気のせいか肩が少し震えている気がする。

こんなにもこいつは小さかっただろうか。

「どうしたんだ?」

「ねえ」

小鳥遊は消え入りそうなほど小さな声でつぶやく。

「ピエロはね、二種類いるの。白い道化。追うものであるクラウン。愚かな道化である、オーギュスト。私は、クラウンでありたいと思ってる」

このごろ思う。
千原恵と小鳥遊慧愛はどこか似すぎてはいないか。

気づいたのは香り。
小鳥遊の髪はいつもオレンジの香りがする。前、本人に聞いたところ愛用しているシャンプーの香りだそうだ。その香りはオーダーメイドであるから自分一人しかつけていないとも言っていた。
でも、そのオレンジの香りが三か月前に会った千原恵とも同じなのだ。

小鳥遊と千原恵は同一人物なのか?












「私はクラウンで有り続けたいと思ってる」

私は野田の目を見つめながら言う。
野田はきっと私が恵だということをもう気づいてる。でも、私がそれを言うまでこの関係を続けようとするはずだ。でも、そんなの私が耐えられない。


野田は、イルだ。

敵だ。

馴れ合う事は許されない。それは裏切りだ。だから、私はイルに全てを話し、さよならをする。これが一番いいんだ。騙しているという罪悪感も消えてくれる。



―――だから、さよならだよ。


「小鳥遊・・・?何が言いたいんだ」

野田はなにかをおびえるように顔を歪ませる。瞳にいつもの黒い光はない。

「聞かなくてもわかるはず、なんだけど。オーギュスト、いや、イル」

頬を濡らしたのは雨だと、思う。









傘が、風で飛ばされた―――。
赤い傘はすぐに車によって潰された。









「最初から、わかってたのか」

俺は傘で顔を隠しながら、問う。

「最初から、これが目的で俺に近づいたのか」

声が震えないように気をつけて。
涙を落とさないように上を向いて。

「当たり前じゃない。そうでなければこんな危険はおかさない」

俺は泣かない。だから、君も泣かないでくれ。

「そうか。じゃあ、これでさよならだな」

傘を閉じる。
これで、小鳥遊の顔が見えるようになった。

「そうね、案外楽しかったよ。三ヶ月」

「俺もだよ。一応言っておく。ありがとう」

「ああ、こちらこそを本当にありがとう」

小鳥遊は笑う。

「じゃあ、ここまでだ」

終わりの言葉をつぶやき、俺に背を向けた。俺は最後にその背中に向かって最後の言葉を放つ。




   『好きだよ、小鳥遊』




歩みが止まる。

「野田も結構性格悪いよな。それ直せよ?じゃないと嫌われるぞ。


まぁ、小鳥遊慧愛もそんなやつ好みのもの好きらしいけど」

声に震えはない。
千原恵でもなく、小鳥遊慧愛でもない、彼女自身の言葉。そして、俺の初恋の相手は最後に一言だけ振り向き告げる。



「大好きだよ、野田。ごめんね」



顔は涙でぐしゃぐしゃなのに、小鳥遊は笑っていた。

俺は最後にその顔をしっかりと胸に刻みつけ、野田太一を捨てた。また、彼女が小鳥遊慧愛を取り戻せる日まで。いつか笑い合える時が来ると信じて。




――――――――さよなら。小鳥遊。




「恵、どうしたんだ?目が赤い」

宮は帰ってきた恵に違和感を覚えた。

「何でもない」

素っ気無く言うが、宮は気づく。

「いや、何かあっただろ」

宮に手を掴まれ振り向く。
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