初恋ピエロット
小鳥遊は、蓮に押さえつけられていた。
首にナイフを突きつけられ、服が変わっている。

「小鳥遊!!!」

20メートルほどの高さの差が、とてももどかしい。
今にも、傍に行って、抱きしめたいくらいだ。

「野田!!!来たら、だめ!!!!!」

「小鳥遊!」

「           」
小鳥遊が、叫んだ瞬間、俺たちの周りで爆発音が聞こえた。

「うっ!!!」

「な、んだ、これ」

炎が上がる。
もともと油がまかれていたのか、炎はどんどん燃え広がる。
炎の影に、小鳥遊が蓮に首元を打たれ、気を失うのと。
蓮が、気を失った小鳥遊を抱き上げ、俺の方を見ながらヘリコプターに乗るのが見えた。

「慧愛!慧愛!慧愛!!!!」

炎がどんどん迫ってきて肌がじりじりとする。
いつのまにか、宮は屋上への階段を駆け上っていた。

蓮。彼は何者なのか。
宮と小鳥遊と知り合いだったようだが。どうやら、あいつが俺たちのグループにあの二人を消すように依頼をしたらしい。なぜ、俺たちを争わせるのか。

なぜだか、小鳥遊が泣いている気がした。

ただ、次に会ったときはすぐに抱きしめてやろう、と思った。
蓮になど、渡さない。









「……の、だ…」

意識がないのに、こいつはイルのことを呼んでいた。
初めに俺たちのアジトに連れてきた時も、そして、今も。

俺は、下を見下ろす。
さきほどまでいたアジトに、爆弾を仕掛けておいたのだ。
それに、こいつは気づいたらしい。恐るべき洞察力。

「君は、とても素晴らしい」

俺はそうつぶやき、隣でいまだに涙を流しながら寝ている慧愛の前髪をかき分け、唇を落とした。













「何が、目的だ」

相変わらず、小鳥遊慧愛は屈さない。

「目的?」

「そう。私をなんで一緒に連れていく?」

そんなに、睨まないでもいいのに。

「君は、結構いろんな人から人気があるんだよ?」

「人気・・・?」

慧愛は何を言っているのかわからないといった様子で、顔をしかめる。

「君を、手元に置きたいという人はたくさんいるんだよ。自我なんて、なくてもいいとね」

慧愛の目が恐怖で染まるのがわかった。
ようやく、強気だったあの目が変わる。

「……私を、売るのか」

慧愛は、呟きながら体を小刻みに震わせている。

「いや、君じゃなくてもいいらしい。宮くんか、イルの死体それとも生きた君。このうちの一つを僕を雇った人はおのぞみだからね。」

慧愛は目を見開く。
その目には、驚きと恐怖と怒りと悔しさがにじんでいた。

「それでも、君は行きたくないというのか?」

俺は、挑発するかのように言う。
慧愛は、絶望したかのように頭を垂れ、一粒だけ涙をその頬に落とし言った。

「私が行けば、あのふたりにもう手を出さないと信じていいのか」

「ああ、約束する。あのふたりにはこれから近づかない」

俺はそう言い切ると、一つのカプセルを取り出して、慧愛に渡す。

「それなら、私は行く」

凛とした表情に戻った慧愛は、そのカプセルを口に入れると。

一気に歯で潰し、飲み込んだ。


もちろん、蓮の言葉を信じたわけじゃない。
でも、少なくとも私が行くことで危険はなくなるはずだから。

その時に、ポケットに突っ込んだままの左手があのふたりにメールを送っていたのは言うまでもない。
そして、そのメールが手当中の彼らのもとに届いた時、彼らもまた絶望したのは当然だろう。









     “もう忘れて。もう私をさがさないで”









「兄貴、そろそろ姫が着くようです」

藍色の背広を着た人は、空を見上げた。

「ようやく、また会えるのか。慧愛」

「兄貴、姫は兄貴の幼馴染なんっすよね」

「ああ。二年ぶりになるかな。ここに拾われる前のことだったから」

「兄貴のことは、聞いてます。姫さまをかばって朝倉組に捕まったと。」

「昔のことだよ。今は俺はあの時ほど非力じゃない」

彼がそう言った時、部屋のドアが相手背広姿の男たちが入ってきた。
男たちは丁寧に頭を下げると、口を合わせてこういった。


『浅葱隊長、小鳥遊慧愛さまご到着です』









____ピエロたちの歯車が、廻り始めた。
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