戦乙女と紅~呪われの魔槍の章~
夜。

砦門の物見櫓に立ち、地平線を見る。

…自由騎士の頃は、何度も夜の戦を経験した。

そのせいもあってか、俺は幾らか夜目がきく。

月明かりがなくとも、ある程度までは暗闇の中でも見渡せる。

幸い今日は満月だ。

これだけの光量があれば、俺ならばかなり遠くまで見る事が出来る。

…今のところ、不審な影は見当たらない。

少し見張りに飽き、視線を空に向ける。

…空には赤い満月。

わざわざ俺が見張りに立ったのは、この月のせいだ。

赤い月の夜は戦の匂いがする。

迷信でも何でもなく、俺の経験によるものだ。

先の戦の時でも、大国軍が攻め込んできたのは決まって赤い月の夜だった。

不吉な事が起きる時は、月が赤い。

こんな夜には、必ずよくない事が起きる。

…視線を下げ、再び地平線を見据える。

ふと…何かが蠢くのが見えた。

恐らく俺以外の者の目には捉える事はできなかっただろう。

かすかに立ち昇る砂煙。

それが騎馬の進軍する際に巻き上がるものだと気づくのには、大した時間はかからなかった。

「伝令!」

俺は櫓の下で警備をしていた兵に向かって叫ぶ。

「来たぞ!すぐに乙女に知らせろ!兵の準備もだ!!」

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