狂愛ノ書~紅き鬼と巫女の姫~




「…昔は優しい兄だった」




無言で月夜を見上げていた三篠が話し出した。




私は黒兎と会ったことがないから今はどんな人になっているのか分からないけど、昔のことを思い出している三篠の横顔を見ると、優しい人なのだと分かる。




「純妖の一族達に好かれ、あいつが消そうとしている混妖達にも優しくしていた。
俺にも剣術や妖力の使い方など色んなことをたくさん教えてくれた。
黒兎(あいつ)も純妖と混妖が笑って暮らせる、そんな世界を望んでいた」




黒兎はすごく優しくて、みんなに愛されていたんだね。
三篠が望む世界と同じものを望んでいた。




それなのにどうして三篠と敵対してしまったんだろう。




三篠と同じ世界を望んでいるのなら、三篠と敵対する理由もない。




『…肉親で意見が合わなければ、自らの考えを叶えようと肉親で争う。
どちらかが死ぬまでずっと。ここはそんな世界です。
意見が食い違ったら最後、必然的に戦うことになります』




桔梗さんが言った言葉を思い出した。
三篠と黒兎はどこで意見が食い違ったんだろう…




「…黒兎が今のようになってしまったのは、俺のせいなんだ」


「……三篠の、せい…?」




私の問いに三篠はコクリと頷いた。




「黒兎の母親は鬼の純妖で、昔の黒兎のように純妖も混妖も大切にしていた。
自分が産んでいない俺も自分の息子同然で愛してくれた。
黒兎はそんなお袋が大好きで、いつも母親の傍にいた。


でもある時。混妖を消そうとしている純妖達が俺が半妖だと分かり、俺を殺そうと屋敷を襲ってきたんだ。
お袋は狙われた俺を庇って、殺された。
さらにお袋の側近で黒兎の恋人も、死んだ」




『…っ!母さん!母さん!』


『…み、さき…ずっと傍にいられない母を…どうか許して……』


『…三篠、黒兎を……支えてあげ、て…』




言葉が出なくて、口を手で押さえる。
三篠は自嘲的な笑みを浮かべ、私を見ている。




そんな三篠にかけられる言葉があるほど、私は強くなかった。




「…このことがあってから、俺はお袋が望んだ純妖と混妖が互いに笑って暮らせる世界を作ろうと、改めて心に誓った。
……でも黒兎は違った」




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