BitteR SweeT StrawberrY
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美保との電話を終えて、病院に辿りついたあたしは、大輔のことをケイに話してみた。
ケイは、ベッドの上でノートPCをいじりながら、その視線をちらっとあたしに向けて、唇だけで笑うのだった。
「そんな男と結婚なんかしなくてよかったな、おまえ?」
あたしは、ベッドの上に頬杖をつきながら、思わず苦笑いしてから、ケイに視線を向ける。
「ほんとだよね・・・・あたしってさ、男運悪いのかも・・・」
「運が悪いっていうか・・・見る目がないんだよ」
ケイはそう言って、あははって笑った。
「もぉ!それを言わないでよぉ・・・・」
子供みたいに唇を尖らせて、あたしは、じとーって笑ってるケイを見る。
ケイの顔色は良いみたい。
なんだか元気そうで、ちょっと安心した。
でも・・・
例え元気そうに見えても、病巣が消えた訳じゃないから、喜んでもいられないんだけど・・・
あたしは、少し不安になって、そーっと手を伸ばすと、ケイのパジャマの裾を掴んだ。
ケイは、そんなあたしを、きょとんとした顔で見る。
「どした?」
「ん?んー・・・別に・・・なんとなく、掴んでみたかったから・・・」
えへへって笑って誤魔化したあたし。
ケイは、小さく首をかしげながら、愉快そうな表情でこう言った。
「おかしな奴だな」
「おかしくないよぉ・・・ちょっと、甘えてみたかった・・だけ」
うつむきながらそう言ったあたしに、そっと手を伸ばして、ケイはいつものように、あたしの髪をふわっと撫でる。
そして、思い出したように言葉を続けた。
「ああ・・・おまえの元彼、それ刑事事件だよな?」
「んー・・・やっぱりそうなるのかな?」
「行方不明って、つまり逃げたってことだろ?」
「うん、そうだと思う」
「ああいうのは、また切羽詰ってくると、元の女を頼ってきたりするからな・・・
おまえ、気をつけたほうがいいぞ」
「え?なんで?」
「ダメ男は、究極に追い詰められると、何をしでかすかわからないってこと。
逆恨みされて、『おまえが金出してくれなかったからだ!』とか言われてもいやだろ?」
「もぉ~ケイってばぁ、脅かさないでよぉ・・・
ケイが言うこと、結構ほんとになっちゃうから怖いんだよぉ」
あたしは、思いっきり困った顔になって、唇を尖らせたまま、じーってケイの顔を見る。
ケイは、くすくすと笑って、そんなあたしのおでこを、指先でこつんってした。
「おまえは変なオーラ出てるからな・・・・ちょっと危ないかもな」
「また変なオーラって言う!」
「なぁ、優子?」
「んー?」
「元彼が捕まるまで、うちに住んでみるか?」
ケイの突然のその言葉に、あたしは驚いて、思わずアタフタしてしまう。
「はぁ!?え!?なに、いきなり何言っちゃってんの!?」
くしゃくしゃとあたしの髪を撫でながら、ケイは言葉を続けた。
「だって、おまえだって嫌だろ?この間みたいに、待ち伏せとかされんの?」
「え!それはそうだけど!ほんとにまた、あんなことしてくるかわからないし!」
「わからないから、しばらくうちに来てたらって言ってんだろ?
どうせ、明後日は退院できるし・・・」
「・・・え!?ほんと!?退院していいって!?」
「うん。仕事も、無理のない程度にだってよ。真面目に病院には通わないとあれだけど・・・」
「そっかぁ!退院できるんだ!よかった」
「病院は退屈で困るよ」
「いや、そうだけど!ほんとに、退院したら、無理しちゃダメだよ!」
「判ってるよ・・・まぁ、そんな訳もあるし、優子がよければ、うちに住んでもいいよ」
ケイが、余りにもにっこりと笑顔でそんなことを言うから、あたしは、なんだか変に照れてしまって、顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
しどろもどろになって、あたしは、こう答える。
「うっ!う・・・うぅ・・・うん・・・考えておく・・・よ」
考えておく・・・とか言ってはみたけど・・・
この時あたしは、なんだかすごく嬉しくて・・・
実は、その場で飛び上がりたい気分だった。
でも、さすがにそんな馬鹿なこともできないから、えへへって変な照れ笑いをして、ケイのパジャマの裾を、また、ぎゅうって握ってしまったのだ。
病院の図書室で借りてきていた、「がん克服料理本」の料理、作ってあげれるかもしれない。
あたしが、ケイにして上げられることなんか、そのぐらいのものだし・・・
考えておくとか言いながら、結局のあたしの心には、もう答えが出てるんだよね。
大輔が起こしたことは、元は不運と言うべき出来事だったのに、結局あたしにとって、それは幸運に変わってしまったのかもしれない。
こうして、あたしが、ケイの部屋で生活し始めるの事になるのは、そこから、たった二日後のことだった。