BitteR SweeT StrawberrY
    *
今日あった嫌なことんなんか、全部吹っ飛んでしまうぐらい、楽しいパーティだった。
後から、バイトの大学生菅谷くんも混じって、更に賑やかになってしまったケイの広い部屋。
どう考えても男性比率のほうが低くて、佐野さんと新城さんと菅谷くんは、三人で隅っこの方に座りこんで、ひそひそと何かやっていた。

あれだけあったお料理も、夕方になるまでにすっかりなくなってしまった。
空の端っこが紫色に変わってきた頃、みんなは、相変わらずの笑顔で帰っていった。
佐野さんも、お店があるからって帰ってしまい、この広い部屋には、ケイとあたしと二人きりになった。
ケイといえば、退院直後だってことと、抗がん剤の副作用もあって、いつの間にか、リビングのカーペットの上ですやすやと寝てしまっていた。

あたしは、そんなケイに毛布をかけてあげると、キッチンで一人片付けものをする。
宴の後というのは、きっとこういうことを言うんだなって思ったりなんかしながら・・・
きっと、ケイは、副作用で体はだるかったんだろうけど、それでもすごく楽しそうにしていたし、すごくよく笑っていた。

笑うことは免疫を高めるんだよって、そういえば、病院で看護士さんが言ってたっけ。
一杯楽しい思いをして、思い切り笑って生活することができれば・・・
ケイの癌は、消えてなくなったりするのかな・・・?
あたしは、ぼんやりとそんなこを考えながら、食器棚にお皿をしまう。
その時、ふと、キッチンのカウンターに置かれたフルーツ皿の上に、4粒だけ残った大粒苺が、あたしの目についた。

ケイが苺好きなの、佐野さんもよく知ってるんだ・・・
まぁ・・・
そうだよね・・・
佐野さんは、あたしの知らないケイまで、よく知ってる人だし・・・
ケイは、『ガク・コンプレックス』なんて言うけど、コンプレックスというか・・・これは、きっと、ただのヤキモチなんだと思う。

洗い物を終えて、リビングのカーテンを閉めて。
眠っているケイの顔を覗きこんで、あたしは、なんだかほっとした気分で、ちょこんと、その枕元に座りこんだ。
寝息も苦しそうじゃないし、顔色も悪くないし・・・

うん・・・
なんだか、安心した・・・

あたしは、意識もしないうちに微笑んで、そっと手を伸ばすと、眠っているケイのさらさらの髪を撫でてみる。
そのうち、抗がん剤の副作用で、この髪も抜けてしまうかもしれないんだな・・・
看護婦さんに聞いたら、抗がん剤のマックス投与ではないし、抜けるとしても、10%か20%ぐらいだって言ってた気がする。

ケイの体の癌が・・・全部消えてなくなればいいのに・・・・
治れ治れって・・・念を送ったら、自然と消えてくれればいいのに・・・
そう思うと、なんだか切なくなってきて、あたしは、ころんってケイの向かいに横になって、長い睫毛を伏せているケイの綺麗な顔を、じーって見つめてしまった。

「いなくなったら・・・やだ・・・」

ぽそってそう呟いたあたしは、おそるおそる手を伸ばして、ケイのほっぺを触ってみる。

柔らかくてあったかい、ケイのほっぺ・・・
あたしなんかより、ずっと肌も綺麗で、美人さんで・・・
性格も言動も男の人より男前で・・・
仕事もできて・・・
優しくて・・・
なんで、そんなケイが・・・
癌なんて病気に、ならなければいけなかったんだろう・・・

どうせなら、顔もスタイルもごく普通で、なんの才能も取り得もない、平凡なこのあたしが、ケイと替われたらよかったのに・・・

そう思うと、あたしの胸は、ぎゅって締め付けられるように痛くなった。

「いなくなったら・・・絶対にやだよ・・・」

あたしは、こつんってケイのおでこに自分のおでこを当てて、目を閉じた。
柔らかな寝息が、あたしの鼻先にかかる。
ちゃんと生きてるって証拠のあったかい呼吸。

その呼吸を、間近で感じながら、あたしは、ぎゅってケイの手を握ったのだった。

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