BitteR SweeT StrawberrY

     *
なんだかもやもやした気分のまま、午前中の仕事を終え、お昼休みになった。
あたしは、なんだか食事に行く気にもなれないまま、デスクに座ったままふうってため息をついてしまう。
社食にも行く気になれないから、とりあえず、コンビニで飲み物でも買ってこようかな・・・
そう思って、デスクを立ったあたし。
そんなあたしに同僚が「お昼行かないの?」って声をかけてくれたけど、あたしは、変な愛想笑いをして、「食欲ないんで・・・平気です、飲み物買ってきます」って言って、誘いを断ってしまった。

気分的に、社員が集まる場所に、今日は行きたくないよね・・・・
あたしのところに、変なメール送ってきたひとも、社食にいるかもしれないし・・・
やっぱり、嫌だよね・・・
そういうとこいくの・・・
あたしは、ハンドバックを持って、一人でコンビニまで行くことにした。
なんとなく、エレベーターに乗るのも嫌で、わざと階段を使って下まで降りてみる。
だけど、あたしは思った。
別に悪いこと何もしてないのに、どうしてこうやって、こそこそしないといけないのかな?って・・・
だから、飲み物を買ったら、普通にエレベーターで上に戻ってこよう・・・
そうしよう・・・・

あたしはそう思いながら、コンビニに行って、飲み物と菓子パンを一個買って、会社に戻り、エレベーターホールに立った。
なんとなく緊張しながらも、とりあえず、平静を装ってエレベーターを待つあたしの周りには、もちろん、他の社員さん達もいる。
みんな別の部署の人で、知ってる顔の人はいない。
ということは、あたしの顔を知ってる人だって、いないはず・・・って、あたしは、必死で自分を励ましてみる。
エレベーターが到着して、みんながそれに乗り込んでいく。
あたしも、その小さな箱の中に足を踏み入れた。
5階に辿り着くまでの僅かな時間が、やけに長く感じられる。
3階で何人かが降りて、少し人が減ったエレベーターの中。
あたしの後ろには、二人の女子社員がいて、目の前には男子社員が二人。
5階に到着して、あたしが降りようとしたとき、あたしの後ろにいた二人の女子社員が、何かこそこそと話しているのが聞こえた。
何を言っていたのかは、さすがに聞き取れないけど・・・とりあえず、無視しようって思って、あたしは、エレベーターを降りる。
オフィスに向かって歩いていた時、目の前から二人の男子社員が並んで歩いてくるのが見えた。
それもやっぱり、別の部署の人で、あたしはその人たちの顔に見覚えはない。

だけど・・・
すれ違った瞬間・・・
そのうちの一人が、ちらっとあたしを横目で見て、隣を歩くもう一人に「あれあれ、あの子だよ」って言ったの聞こえた。

その瞬間、あたしの心臓は、凍りつくように冷たく鼓動を打つ。
二人があたしに振り返ったのが判る。
あたしは、とにかく無視してオフィスに向かう。
だけど、聞こえてしまった・・・
「よく会社出てこれたよな~・・・どうせ一枚噛んでんだろ?」って言って、くすくすと嫌な笑い方をする、その二人の声を・・・

あたしは、なにも悪いことなんかしてない。
一枚噛むもなにも、大輔が詐欺なんかしてるなんて気付きもしなかった。
何かを高級なものを買ってもらった覚えもない。
人の噂って、ほんとに理不尽だ・・・
会社に来たのは、あたしには、何の後ろめたいこともなかったからだ・・・

ぎゅっと唇を噛み締めて、あたしは、オフィスにある自分のデスクに座った。
とりあえず、深呼吸しよう。
落ち着こう。
そう思って大きく息を吐くけど、気付けば、あたしの手は、小さく小刻みに震えていた。
デスクの引き出しに、眠気防止用のタブレットがあるから、それでも食べて、少しすっきりしよう・・・
あたしはそう思って、デスクの引き出しを開けた。
その瞬間、あたしはまた、凍りつくことになった。
そこには、コンビニに出かける前にはなかったはずの付箋が、ぎっしり貼ってあって・・・

『よく会社これたな』
『ブス』
『いくら貢がせた?』
『詐欺師の仲間』
『馬鹿』
『くず』
『死ね』
『そんなに金欲しいなら風俗嬢にでもなれ』

そんな言葉の羅列が、付箋の一枚一枚に書かれていて、それを見た瞬間、あたしの心臓は、ますます冷たくなって、嫌な鼓動を刻み始めたのだった。

どうして・・・
あたしが、こんなこと言われないといけないの・・・?
そもそも、誰がこんなことしたの・・・?
社会人がすることなの・・・これ?

お昼だってこともあって、オフィスには今、誰もいない。
ここには、あたし一人しかいない。
座席表はオフィスの入り口に貼ってある訳だし、社員なら誰だって出入りはできるけど・・・
もし、これをやったのが、同じ部署の人間だったとしたら・・・
あたしは・・・・
一体、どうすればいいんだろう・・・・

自分の体から、血の気が引くのがわかった。
小刻みに指が震えて、付箋を外そうとしても、なかなか外せない。
あたしの頭の中は、真っ白になって、なんでこんなことされないといけないのか、全然理解することすらできなかった。
その時、オフィスの入り口から誰かが入ってくる。
話し声と足音。
同僚の数人が、やっぱりコンビニに行って帰ってきたところらしかった。
固まったままのあたしは、同僚に振り返ることもできない。
あたしの様子がおかしいって気付いたのか、その中の一人が、デスクに座りながらこう声をかけてくる。

「あれ?押野さん?どうしたの?ご飯食べないの?」

あたしは、ゆっくりと振り返って、必死で笑おうとしたけど、笑えなくて、なんだか引きつったような変な笑顔を作ってしまう。

「あ・・・・すいません、あんまり・・・食欲なくて・・・」

そう言いながら、あたしは、そっとデスクの引き出しを閉めた。

「ちゃんと食べないとバテるよ~」

そういわれて、あたしは、変な笑いをしたまま「そうですね」とだけ答えると、トイレに行く振りをして、席を立った。
オフィスの入り口を出ると、中から、なんだか楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
疑心暗鬼になってるかもしれなけど・・・
その笑い声が、まるで、あたしを笑っているかのように聞こえて、あたしは、ぎゅって唇を噛み締めたまま、逃げ出すようにトイレの個室にかけこんだのだった。

あたしの知らないところで、変な噂だけが一人歩きしてる。
あたしが、正しいと信じていた「周りの人々」という存在が、実は、とても不確かなもので、それが全て正しいという訳じゃないことを、この時あたしは、改めて実感したのだった・・・
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