BitteR SweeT StrawberrY

       *
その年のホワイト・デー。
あたしの27回目の誕生日。
『Bitter Sweet Strawberry』というタイトルのそのドキュメンタリーは、無事に、初版の発売日を迎えた。

~VOYAGEのグラビアを飾ったオリエンタルビューティーの短くも輝かしいその一生

そんな副題を備えたその本のために、今頃、高田さんは、プロモーション活動に勤しんでいることだと思う。
一年前と同じ、よく晴れた空だった。
あたしは、ケイが残していった、この広いの部屋の主となって、窓を開けたまま、ぼんやりと、昼下がりの空を眺めていた。
床に座り込むあたしの手元には、煎れ立てのカフェオレとフルーツ皿一杯の大粒苺。
ただ、一つ足りないものがあるなら・・・
それは・・・
ケイの姿・・・
いつも隣で、苺を頬張っていたケイは・・・
今は・・・
もう・・・
いない・・・

性別なんて超越して、男の人も女の人も魅了して、周りの人から、本当に愛されていたケイは・・・
あの日・・・
あの雪の夜、また、天使に戻って、遠い遠い空に帰ってしまった。
あたしが病室を出ようとしたとき、ケイの容態は、いきなり急変した。
佐野さんが辿り着いたときは、もう、昏睡状態で、そこから二度と、あの綺麗な瞳を開くことはなかった。

あれから二ヶ月。
あの時のことは、まだ、鮮明に覚えている。
完全に呼吸と心音の停止を告げられたとき、佐野さんは、まるで、力が抜けたように、ベッドの脇に崩れ落ちて、両手で顔を覆って、あの広い肩を震わせていた。
あたしは、ただ、呆然と、もう二度と瞳を開かないケイの安らかな顔を見つめていただけだった。

あの時、あたしは、泣けなかった。
ただ、あたしの視界の端で、声を殺して嗚咽する佐野さんの肩を、ぎゅって抱き締めてあげたのを覚えている。
あのケイの言葉を・・・

「いい加減、他の人と結婚しろ・・・今まで、ありがとう」

その言葉を、震える声で佐野さんに伝えると、佐野さんはうつむいたまま、何も答えないで、ただ、ひたすた、声を殺していた。
男の人が、あんなに泣く姿を、あたしは、今まで、見たことがなかった。
でも、人目なんか気にもできないほど、佐野さんが、ケイの死にショックを受けたことを、もしかすると、あたしが一番よく知っていたのかもしれない。

だからこそ・・・
あたしは・・・泣くことなんて、できなかった。
あたし以上に、何年も何年も、ケイの傍にいて、ケイを支え続けてきた佐野さん。
そんな佐野さんの哀しみが、わかりすぎて、その時、あたしは、また、ここでは泣いてはいけないって、そう思ってしまったのだ。

ケイがいなくなって間もなく。
この部屋の所有権を、あたしに渡すっていう旨の公文書があることを、佐野さんから聞かされた。
固定資産税はかかるけど、あたしは、この部屋を、ケイの部屋を、誰かに譲ることなんかしたくなかった。
だから、あたしは、この部屋を譲り受けることにした。

あたしとケイが、初めて出会って、この部屋で苺を食べて・・・
いつの間にか一緒に住むようになって・・・
そして生活した、この部屋・・・
あたしにとっては、大事な思い出が沢山詰まったこの部屋・・・
そこに、今、あたしは、一人で住んでいる・・・
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