BitteR SweeT StrawberrY
あたしの携帯が鳴ったのは、それから、5分もしないうちだった。
ディスプレイを見ると、大輔だった。
あたしは、緊張したまま、電話を受ける。

「もしもし・・・」

『あ、優子ちゃん。こんばんは!』

電話の向こうの大輔は、拍子抜けするほど、全然、今までと変わっていなかった。

「こ、こんばんは・・・」

でも、あたしの緊張は解けなくて、思わず、固い声でそんな挨拶をしてしまう。
電話の向こうの大輔は、いつものように朗らかな口調で、あたしにこう言った。

『メールありがと!読んだよ!』

「う・・・うん、ごめんね・・・」

『謝らなくていいよ、楽しみが先に延びたと思えばいいだけだからさ。
でも、正直驚いたよ。なんか、いつも、大人しいっていうか、あんまり自己主張しない優子ちゃんが、「新しいことに挑戦したい」とか。
ちょっとびっくりした。
でもさ、俺は賛成だよ。
あんまり自己主張しない優子ちゃんだから、それこそ花嫁修業の一貫として、バイトとか、頑張って欲しいなって思ってる』

「大ちゃん・・・・」

あたしは、大輔の言葉に、思わずじーんとして、涙ぐんでしまった。
だけど、その分、罪悪感が、ちくちくと胸を刺して、すごく複雑な思いになった。

「大ちゃん・・・ごめんね・・・ほんとにごめん・・・
あたし、わがままで・・・ごめんね」

あたしの口からは、自然と、そんな言葉が出てしまう。

『いいよいいよ~、べつに別れる訳じゃないんだからさ!
それに、俺、優子ちゃんがわがままとか、思ったことないよ。
それどころか、なんか、ほんとに、いつも俺に合わせてくれてて悪いなって思ってたんだ。
俺、出張多いしさ、会えないときは会えないし。
だからさ、バイトとか・・・優子ちゃんのやりたいこと、結婚前に存分にやればいいよ』

「うん、ありがとう。ほんとに、ごめんね」

『いいよいいよ~』

大輔は、電話の向こうで、朗らかに笑っていた。
でも、その時、あたしは気がついた。
大輔の中では、もう、あたしと結婚することが決まってるんだなって。
きっと、大輔は、あたしが、プロポーズを断るはずがないって、思ってるんだって。
きっと、それだけあたしを信用してくれてるってことなんだろうけど・・・
なんだか、複雑な思いになった。
大輔は、本当に、あたしと言う人間を、わかってくれてるのかなって・・・
そういうあたしも、大輔という人間を、ほんとにわかってて、今まで付き合ってきたのかなって・・・

それからしばらく、他愛もないおしゃべりをして、あたしは大輔との電話を切った。
あたしは大きくため息をついて、ソファの上に寝転んだ。
これから、あたしは、どうなってしまうんだろう。
そんな、漠然とした不安が、あたしの心に広がったとき、何故か、あたしの頭に浮かんだのは、ケイのあのどこかクールな微笑みだった。

会いたいな・・・
ケイ・・・
明日になれば、会えるのに・・・
やっぱりあたし・・
きっと、どこかおかしくなってるんだ・・・

あたしは、寝転んだまま、もう一度携帯を開いて、メールの作成画面を開いた。

『こんばんは
もう具合は治ったんですか?
お仕事忙しいとは思うけど、あんまり無理したら、いけないよ・・・
って、あたしが、言うことじゃないかもしれないけど(笑)
明日から、お世話になります。
やったことない仕事だから、なんか、迷惑とかかけちゃいそうだけど、頑張ります!

あたしも・・・
ケイに会うの楽しみにしてるから・・・・』

最後の一文を書いて、「あたし、馬鹿じゃないの!」と、思わず、声を出して自分自身に言ってしまう。
だけど・・・
どうしても、その一言を、ケイに聞いてもらいたくて・・・
あたしは、躊躇わずに、送信ボタンを押したのだった。

ケイからの返事は、すぐには返ってこなかった。
あたしは、なんだか無償に寂しくなって、ふてくされたように、テレビを見ながら、クッションを抱えて、缶チューハイをがぶ飲みしていた。

明日はバイト初日だって言うのに、あたしってば、ものすごく大人げないことしてる気がする。
ふぅっと大きくため息をついたあたしは、空缶を缶専用のゴミ箱に放りこむと、お風呂を貯めることにした。
うちのユニットバスは狭いけど、今夜は、湯船にお湯を張って、ちょっと奮発して買った、ストロベリーの香りのする入浴剤を入れよう。

少し、気分転換しなくちゃ・・・

お風呂が貯まったのを見計らって、可愛い袋を開けてピンク色の入浴剤をお湯の中に降り入れる。
お風呂の中に広がる、甘い苺の香り。
湯気が充満した狭い浴室で服を脱いで、あたしは、あったかいお湯の中に、どぼんと体を沈めた。
ふぅ~と長い息を吐いて、あたしは、水滴のついたベージュ色の天井を見上げる。

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