BitteR SweeT StrawberrY
声をかけてみたものの、何かを聞きたかった訳でもなく・・・だけど、声をかけたからには、何か聞かないとという、妙な使命感。

「あの・・・・帰らないんですか?」

「帰るよ、気が済んだら」

「気が済んだらって???」

「変なオーラ出してるやつが、無事に家に帰るの見届けたら、帰るよ」

「はぁ・・・・」

なんて訳のわからないこと言う人なんだろう・・・この人。
ぽかーんとして、あたしはその人の綺麗な横顔を見つめてしまった。
その人は、煙草の煙を夜空に吐きだしながら、ハスキーな声で言う。

「名前なんていうの?」

「あたしですか?」

「うん」

「優子です・・・」

「オレは、ケイだよ」

「オレ????あの・・・女の人じゃ???」

「女だよ」

「なのにオレ????」

「いけないかな?」

「別にいけなくはないけど・・・・」

もしかして、この人・・・・性同一性障害なのかな・・・・?
そう思ったあたしは、それ以上なにも言わなかった。
そんなあたしの心理を知っているのか知らないのか、何の気もなく、その人は・・・ケイは、おかしそうに言葉を続けた。

「真面目なんだな~・・・・そこつっこんできたの優子が初めてかも。女がオレって言おうが、男がアタシって言おうが、あくまで形の問題。オレもアタシも、自分を指す言葉には変わりない」

ケイの口調は、嫌味な口調じゃなかった。
でも、なんだか、形にこだわり過ぎだって言われてるみたいで、あたしは、ちょっとだけ、へこんだ。

「・・・・そうですよね・・・・すいません」

「なんで謝るの?」

「悪いこと言ったのかなって・・・」

「別に怒ってないけど?気にもしてないし、優子が謝ることないじゃん」

そう言ってケイは笑った。
ほんとうにおかしな人だと思った。
女の人・・・それもかなりの美人なのに、男みたいなカッコをして、自分を「オレ」という。
あたしの人生で、こんなちぐはぐな人を見たのは初めてだった。

しかも・・・

初対面で呼び捨てとか・・・・
この人は、あたしの常識を逸脱した人なのかもしれない。

でも・・・
そもそも、あたしの常識なんて偉そうに言っても・・・あたしの常識とは言いがたいのかもしれない。あたしは、周りに合わせて生きてきた。
あたしの常識は、周りの人に歩調を合わせるための、形に過ぎないのかも・・・
ちょっと黙りこんだあたしの顔を覗きこんで、ケイは、また、綺麗に微笑む。

「一緒に飲まない?酒?」

突然のその言葉にあたしは思い切り戸惑って、きょろきょろしてしまった。

「え?なんですかいきなり???」

「偶然とはいえこうやって知り合った訳だし、飲もうよ。一緒に」

「え??ここでですか???」

「いや、オレの部屋で」

「えええ?????部屋って・・・・???」

「オレの部屋、この隣のマンションな訳」

「えええええええええええええええええ!?ほんとですか????」

「嘘ついてどうすんの」

「いや・・・それもそうですけど・・・でも、初対面だし!いきなりそんなこと言われても!」

「いいじゃん別に」

「別にって・・・・」

まぁ・・・確かに・・・・
女同士だし・・・
変なことされるとは思わないけど・・・
何故か、あたしの心臓は、馬鹿みたいにどきどきと鼓動を打っていた。
ケイが男の人みたいだからなのか、こう言う風に、誰かに強引に誘われたこともなかったせいなのか・・・
あたしは、思わず「じゃぁ・・・ちょっとだけ・・・」と答えて、おかしそうに笑うケイの華奢な背中を追いかけていった。

ケイは不思議な人だった。
変わった人だった。
友達の間では、密かに堅物と呼ばれていたあたしに、すんなり言うこと聞かせてしまう、魔法のような何かを持った人・・・

それがケイだった・・・
< 5 / 247 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop