BitteR SweeT StrawberrY
「まだ、諦めてないんだけどな、俺。
なるべくなら・・・また、前みたいに、一緒に居たいと思ってるんだけどな・・・」

どくんってあたしの心臓が大きく鳴った。
え?
な、なんだろ?
この会話?

あたしは、なんだか、違う意味でそわそわしてきて、こんなのいけないって思ったんだけど、そーっと中を覗きこんでしまう。
背中を向けたまま、椅子に座ってる男の人がいる。
その向こうで、黙々とお洋服をハンガーにかけているケイ。
ケイもこっちに背中を向けてるから、今、どんな表情をしてるかわからない・・・
あたしの心は、なんだか、不安な方向にざわめいて、あたしは、どうしたらいいのかわからなくなって、ただ、その場に立ち尽くしてしまった。
背中を向けたまま、ケイは、可笑しそうに笑って、その男の人に言う。

「諦め悪いな・・・まぁ、そんなの昔からだけど・・・」

男の人はため息をついて、黒いジャケットを着た広い肩をすくめると、ちょっとだけ寂しそうに、だけど、開き直ったような声で答えた。

「俺の未練なんぞ、まぁ、この際どうでもいいよな・・・
それより、おまえ・・・ちゃんと病院行ったのか?」

「行ったよ。まだ、仕事・・・続けたいから」

ケイはさらっとそう答える。

病院って・・・・
なんの話しだろう・・・・?
やっぱり、ケイ・・・どこか具合が・・・
悪いのかもしれない・・・

会話の仕方で、この男の人と、ケイが親しいのもなんとなく判って、あたしの胸の中のざわめきは、ますます、大きくなる。
入っていいのか、悪いのか、全然タイミングが掴めなくて、あたしは、その場で固まったままだった。
そんなあたしの存在に気遣いないケイと、その男の人はまだ続いている。

「仕事、続けたい・・・からか。まぁ、おまえらしいやな、そういうの」

男の人はそう言って、小さく笑ったみたいだった。
ケイは、相変わらず、そんな彼に背中を向けて作業しながら言う。

「好きでやってるから。この仕事。そんなこと、言わなくても判ってるだろうけど」

「まぁね・・・なぁ?ケイ?」

「うん?」

「おまえ今でも・・・何から何まで、俺の世話になりたくないって、思ってんの?」

「思ってるね」

「即答だな」

「即答だよ」

「相変わらずだな」

男の人は、可笑しそうに笑って言葉を続けた。

「まぁ、これは独り言だ。聞き流してくれ」

「ん?」

ケイはちらっとだけ、その男の人を振り返った。
男の人は、とっても真剣な声で、静かにケイに言う。

「俺はさ・・・もう一度、おまえと居たい。少しぐらい、支えさせてくれよ。
あん時、結局俺は、おまえに何もしてやれなかった」

「・・・・・・」

ふぅって、小さくため息をついたケイが、やけに冷静な顔つきをして、男の人に振り返る。

「別に、病気になったのは、ガクのせいじゃないし。
十分、支えてもらってたよ。とりあえず、ガクには負けたくないって思ってたから、こうやって今、ここで責任者してる」

「独り言だって言っただろ?」

男の人は、なんだか可笑しそうに笑ってゆっくりと椅子を立ち上がった。
茶色の髪、すらっとしたとした長身。
どうみても、サラリーマンという感の人じゃない。
ケイは、この人を・・・さっき、ガクって呼んだ。

この人・・・
あの時の電話の・・・

ガクって呼ばれたその人は、ジャケットのポッケに両手を入れて、もう一度、ため息をついた。
そして、さっきよりも真剣な声で、彼は、はっきりとこう言った。

「パートナーでライバルで恋人・・・もう一回、そんな関係やってみたくなったんだよ。
1ナノぐらい、おまえにもそう思って欲しい」

その言葉が出た瞬間。
あたしの胸が、ズキンって痛んだ。

この人は・・・
この人・・・
もしかすると・・・
あの写真の・・・
ケイの部屋にあった・・・
あの写真の・・・人?

あたしの心臓は、急に沸きあがってきた不安で、どくん、どくんて、大きくゆっくり脈を打ちはじめる。

ケイは・・・
なんて答えるんだろう・・・?
あたし・・・
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