犬との童話な毎日
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枝垂れ桜が優しく風に揺れる夕方。
満開の紅色が仄かに香る。
それともこれは、春の匂いなのかな。
いつ見ても、やっぱり妖精でも棲みついていそうだ。
『もう良いだろう。行くぞ』
間違っても化け犬なんかではなく。
まだ枝垂れ桜を見上げているあたしに一瞥をくれると、止めていた脚をまた動き始める。
あ、まだ見ていたかったのに。
満開の桜が名残り惜しくて、振り返りながら、黒い犬の後を追う。
『沙月は元気そうだったな』
また沙月って。
この化け犬ってば、沙月ちゃんのこと気に入ってるよね、密かに。
「沙月ちゃん、人妻だよ?」
潜めた声で黒曜に話し掛けると、何を当たり前なことを、と黒曜が鼻で笑う。