犬との童話な毎日
一分咲き
***
濃い紅色が揺れる。
風があたしの髪を揺らして。
頬を撫でる。
桜の幹に寄り添う様にして、あたしは立っていた。
匂い立つ様な紅色が、体を撫でる。
下に目を向ければ大きな石が見えた。
そ、と指を這わせる。
ひんやり、と指先を冷やして行く感触。
草を踏み締める微かな音に、顔を上げた。
そこには、あたしを見つめながら近付いて来る茶色の塊。
漆黒の瞳。
なのに、金縛りにあったかのように動けない。
そんなあたしに、また一歩。
一歩。
あたしから目を反らす事無く。
近付いて来る。
待って、とも口に出来ずに。
立ち尽くすあたしの少し手前で、茶色い毛並みのその犬は。
チェシャ猫の様に、にやーり、と確かに笑った。