お蔵入り書庫
数分前から嫌な視線を感じて、和泉(イズミ)は目的地より3駅も手前で降車してしまった。初めて降り立つその駅に戸惑いを覚えるが、視線の主は付いて来る様で足を止める事が出来ない。
先日、知人の頼みを断り切れずにTV出演をしてからというもの、放送されてからのほんの数日の間で何度得体の知れない視線を感じた事か。
──やっぱり、出るべきじゃ無かったんだ。
そうは思ってももう遅い。番組は放送されてしまった後だし、それが切っ掛けで得た仕事を今更断る訳にも行かない。見られたり付け回されたりするのが嫌だからと引きこもる訳にも行かないのだ。
すれ違う人々の視線を避ける様に俯きながら歩いて、突き当たりの角を右に曲がった瞬間──
「──おっと」
一人の通行人と、出会い頭にぶつかってしまった。
「す、すみませんっ!」
相手を確認もせずに最敬礼で謝ると、和泉は逃げる様に通路を進もうとした──が、ぶつかってしまった相手が和泉を呼び止める。嫌な予感しかしないが、悪いのは自分だ。諦めて相手を見遣ると、自分よりも頭一つ分くらい背の高い大柄な男だった。
身内からも身体を鍛える事を勧められたりする和泉にとって、羨ましくなるような体つきをしている男ではあるが、明らかにカタギでは無い雰囲気を放っている。
着ているものは極々普通のブラックジーンズにTシャツというラフな格好だが、その二の腕にはトライバル模様の刺青が袖口から見え隠れしていた。
たったそれだけで判断する訳では無いが、今までの経験上、この男は間違い無く簡単に口に出来るような職業では無い筈だ。
心の中だけでそっと溜息を吐き、出来るだけ平静を装って、和泉は口を開いた。