風の詩ーー君に届け
安坂さんが笑顔で言う。




「郁は君の演奏のファンだから、中学生の頃からずっと」




「あの頃、緒方は……僕にとってローレライだった」




安坂さんと理久の顔がひきつり、表情が硬くなる。




「緒方みたいに、自由に弾けたらって……ずっと思っていた」




黙りこんだ2人が、じっとこちらを見つめている。





「音楽を心から楽しんでいる、緒方の音が羨ましかった」




ざわつく気持ちを抑え、呼吸を気にしながら話す。






「緒方には何度も言われた……『あなたは音楽を心底、楽しんでいない』って。

練習室にまで入ってきて、ショパンの楽譜を取り上げられたこともある」




安坂さんが唖然としている。




「泣きながら、『どうして留学を辞退したの』って訊ねられた時……。

君には関係ないって突っぱねた」



理久がモニターの波形を気にしている。




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