風の詩ーー君に届け
安坂は更にきつく理久の動きを封じる。




「高音部と低音部が、同じ楽器から奏でられる音とは思えないほど異なる音色を響かせるヴァイオリン。

まるでローレライとオルフェウスだな」



そうだった。

周桜の弾くヴァイオリンは、誰でもが弾けるヴァイオリンではない。

あのガダニーニ作の「シレーナ」を弾きこなせるヴァイオリニストは、周桜をおいて他にいない。



安坂は詩月の弾くヴァイオリンの音色を思い浮かべる。



「『シレーナ』は製作以来、様々な演奏家がその特異性ゆえに、その音色を求め演奏家から演奏家の手を経てきたヴァイオリンだそうだ」


大二郎は険しい顔の理久、深刻な顔の安坂、不安げなマスターを前に、淡々と語り始める。

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