風の詩ーー君に届け
「緒方っ」


「席を確保しておくわね」


郁子はそう言うと、正門正面にあるモルダウへ向かって走っていく。



強引な奴だな。

まあ、猫展のこともあるからな



詩月は郁子の後ろ姿を目で追い、昨秋モルダウで郁子と奏でた「愛の挨拶」を思い出した。



郁子のピアノに合わせ、ヴァイオリンを重ね、共に奏でた「愛の挨拶」。


金木犀の甘い香りが心地好く、いつまでも曲が終わらなければいいと思ったことを……。

ついこの間まで香っていた羽衣茉莉花の香りが、どこか金木犀に似ていたような気がして、もう1度「愛の挨拶」を奏でてみたいと思った。


正門まで歩いて、詩月は女神像を見上げハッとする。



「……緒方」


詩月は目を擦りもう1度、女神像を見る。



……どうかしている。

女神像が緒方に見えるなんて――。



あはは、詩月は声をあげて笑った。


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