風の詩ーー君に届け
郁子に遅れること、約10分。

モルダウに到着した詩月は「やあ、元気かい?」カウンターからマスターに声を掛けられ、小さく頷き微笑んだ。



マスターは大丈夫そうだなと思ったのか、鼻歌混じりにサイホンを操作する。


店内を見回し、郁子の居る席を確かめ、詩月は「あ……」と声を溢した。



――安坂さん


郁子と向い合わせに安坂が座っている。



――緒方には安坂さんがいる



学内公然の事実なのはわかっている。


なのに何故か、気持ちが落ち着かない。


郁子と安坂が座る席まで歩き「遅くなって……」と言うと、郁子は詩月を見上げ「お疲れ様」と柔らかく微笑んだ。



鞄とヴァイオリンケースを下ろし、軽く会釈し安坂の隣に座る。



「オケですか?」



「いや、集中講義」



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