風の詩ーー君に届け
「合わせるから適当に弾いていい」



「わかったわ」



店の中央に澱と構えた、黒塗りのスタンウェイのグランドピアノ。



思えば、このグランドピアノが緒方と言葉を交わすきっかけになったんだ……。


詩月は郁子の横、ピアノの前に座りながら思う。



高校2年の5月。
転入間もない頃、詩月は郁子にリクエストされ、ショパンの「雨だれ」を弾いた……。


あれが緒方との始まりだった……。


詩月は思い返し、懐かしさにフッと微笑む。


郁子と肩が触れ合う。



郁子が弾き始めたのは、ベートーベン作曲ロマンス第2番へ長調(Op.50)。



詩月は、連弾するには難しい曲を選んだなと思う。



「なあ、何でベートーベンのロマンス2番なんだ?」


弾きながら訊ねる。


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