カットハウスやわた
八幡さんが時計に目をやった。開店の十時まで、あと少し、時間があった。店内はエアコンが効いていて快適だった。八幡さんに促され、私が椅子に座ると、向かい側に座った。


「もし、正樹さんのところへ行くなら、オレは止めないから……ね?」


「で、でも……八幡さんが……」


麗奈さんと離婚したらひとりぼっちになる八幡さんが、気になった。いや……。離婚したらひとりぼっちになるから八幡さんが気になるのか、それとも私……。


「オレのことは、気にしなくていいよ。綴喜さんがこの商店街に来た時には、オレはひとりで散髪屋をしていたんだから……」


たしかに。言われてみればそうなんだけれど……。大きな目が、寂しげに笑っている。なんだか、ほっとけない。


「寂しく……ないですか?」


私の問いに、小さくうなずいて返した。


「ありがたいことに常連さんもいるし、時々、商店街の連中と飲んだり、おいしいものを食べたり……。店を臨時休業にしてサッカーを観に行ったり…。寂しくなることは、ない」


「ホントに?」


「……だから、綴喜さんは、自分の気持ちに正直に生きて?まだ、若いんだから、いくらでもやり直せる……」


自分の気持ちに、正直に……。私は今、何処にいるべきなんだろう?誰といるべきなんだろう?


その時、店のドアがカランコロンと来客を告げた。


「いらっしゃいませ」


とりあえず、今は、此処にいよう。今夜、正樹と向き合えば……自然と答えが出るはずだから。





< 82 / 90 >

この作品をシェア

pagetop