家出少女と風花寮
「えと…………」

「………何にしようか」

中央にあった、黒のハードカバーのメニューを開いてくれた。
コーヒーしか置いてなかったが、下は70円のものから、高額なものは800円を超えるものまである。

「じゃあ、これで」

少し悩んだ後、70円のものを指差す。

「わかった。すみません」

アキ君が手を挙げて店員を呼ぶ。

「この、ブレンドコーヒーふたつください」

「かしこまりました」

私達を迎えてくれたあの青年が、綺麗な所作で来て、お辞儀をして去る。
店内には、しっとりとした音楽が流れているくらいで、会話はない。
テーブルの木目を目で追っていると。

「お待たせしました、こちらブレンドコーヒーです」

視界の端に現れる、ソーサーに乗ったマグカップ。

「ごゆっくりどうぞ」

青年の背中に軽く頭を下げて、早速マグカップに口つける。

「……………」

熱くてすぐにソーサーに戻した。
アキ君は、両手でマグカップを持ち、息を吹きかけているところだった。

かわいいなぁ。

眺めていることに気づいた彼は、顔を赤らめ、マグカップを下ろした。

かっわいいなぁ。

「……………なんか、シュウ君がアキ君に構う理由がわかった気がする」

「わからなくていいよ」

「えっ………」

ひとり言に返事が返ってきた。

「福井さんは、兄弟、いる?」

「……………妹がひとり………」

「へぇ………仲いいの?」

「……………」

仲がいいのかどうか。
答えられなかった。

「……ボクには知っての通り弟がいるんだけどね、それがかわいくない奴なんだ」

「へぇー」

「人間なんだから、苦手なことのひとつやふたつ………十や二十、あるもんでしょうが。なのにあいつときたら、それが一切ない」

「ふぅん」

「ほんと嫌味な奴だよ。ボクたち双子で、数分しか違わないかもしれないけど、ボクは兄だよ? 年上のプライドってもんがねぇ、こう、血の涙を流してるんだよ」

「うん」

「シュウが兄だったらよかったのにって、何度も思ったけどさ、なっちゃったものは仕方ないじゃん? だから必死になって勉強とかしたわけだけど、シュウはボクの努力を軽く超える評価を取るわけだ」

「……うん……………」

「こうなったら、この身長を活かして弟だと思わせればいいと考えたわけだけど、結果は知っての通り。ボクのことをしつこく兄さん兄さんと呼んできやがる…………嫌がらせだよね!」

「……………」

ちょうどいい温かさになったコーヒーに口つけて誤魔化す。

アキ君の話に相槌をうっていたが、嫌がらせには同意しかねるかな。
だって、シュウ君、アキ君が大事で大切で仕方ないって顔してたから。

「シュウから、このチビで何もできないやつが兄なんだぜ笑えるだろ、っていう副音声が聞こえてくるんだよ!」

「……………っ」

そんなことないよ。
出かかった言葉を押し留めた。
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