家出少女と風花寮


例のごとく歓声の中を歩き、着いた図書室。
大家さんが扉を開くと、注目、からのどよめき。

「えっ、ちょっと、あれ……!」

「大家先輩っ、うそっ!?」

「本物!? 大家先輩が来てくれるなんてっ!」

「キャーッ! センパーイ!」

廊下ですれ違うのと、部屋を訪ねられるのとでは効果が全く違う。

「おおやせんぱい? …………え?」

近くで窓を拭いていた小柄な男子生徒が、遅れてこちらを見て、動きを止めた。

七三分け眼鏡の奥で、目を見開いていたと思う。
あの表情は、大家さんが生徒会長だったと知らなかった仲間だと思いたい。

私は、数歩足を踏み入れた大家さんの影に隠れて、彼に手を振る。
彼、青木君は顔の横で小さく手を振ってくれた。

「みなさん頑張っていらっしゃいますね」

「はいっ、もちろんです!」

「大家先輩の為、頑張ります!」

大家さんの言葉に、目立ち屋の女子が勢いよく返事した。

「この調子でよろしくお願いします」

「ははははいっ!」

顔を赤くした女子達の、吃りながらの返事がそろう。
彼女達に天女の微笑みを向けてから、ぐるりと見渡し、青木君で止まる。

より妖艶な笑みを浮かべてから、図書室に背を向けた。
大家さんが扉を潜り、私が補佐らしく扉を閉めてから暫くして、もう一度悲鳴があがった。

「なになに、今のっ」

「さっきの意味深なアイコンタクトなに!?」

「大家センパイ、青木のこと気に入ったの!?」

「美形×不細工と見せかけて実は美形×美少年だったりしちゃったりぐへへ」

「あの中島先輩にも気に入られてたよね!」

「青木ゆるすまじ!」

「今度大家センパイと中島センパイ紹介して!」

「青木のくせに断らないよね?」

「ぼっ、僕は知りましぇん!」

女子達に詰め寄られているであろう、青木君の叫びが虚しく響く。

図書室の扉に向かって手を合わせた。

助けることが出来なくてごめんね。

先を行く大家さんの隣に並ぶと、色気を垂れ流す口元を抑えていた。

「あの、何かありましたか?」

「いや、ね。うちの子の学校生活を観るって、なかなかないから楽しくて……つい、にやけてしまいました」

それが妖艶な笑みの理由ですか、恐ろしい。

「大家さんは、私達の保護者なんですね」

「そうです、保護者なんです」

そう言って、ほんとうに嬉しそうに微笑むから。

情けないところを見せてしまった事に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

うつむいている間にできてしまった大家さんとの距離を、小走りで詰めた。
視聴覚室の扉の前に立つと、大家さんは瞬きひとつで天女の微笑みをたたえ、扉を開け放つ。

「こんにちは、生徒会です。調子はいかがですか」

「キャアァァッ!」

「大家先輩!」

女子は悲鳴を上げ、男子生徒は顔を赤くして呆然とする。

天女だけでこの威力。
妖艶の名残でもあるのでしょうか。

「あれ? 大家さん? 何やってんの?」

そんな中、平然と声をかけてきたのは、風花寮の住人、中島君。
天女の微笑みは見慣れてますね。

「貴方みたいな方が怠けていないか、見回っているんですよ」

「そーなんだー。後ろにいるゆきちゃんも?」

「……あ、はい、大家さんの補佐してます」

話を振られて一歩下がった。

頼むから放っておいてほしかったな……。
ほら、中島君が話しかけてくるから、私が認識されているではありませんか。

大家さんの後ろにいる女子誰?
あんなブスが大家さんの補佐とかふざけんな。
とか、私を見る目が言っている。

というより、コソコソと口に出して言ってますよね、ここまで聞こえてきませんけど。

大家さんで隠れるように一歩下がる。
下がった以上に中島君が寄ってきて、また後退る。

「ゆきちゃん、りおちゃんと同じクラスだよね。りおちゃんの掃除場所知らない?」

「ぇーと……」

中島君の笑顔が怖い。

さっき会ってきましたけど。
なんならお隣ですけど。
教えたらこっち来ないでくれるかな、きっと来ないよね。
絶対、青木君の所に行くよね。
でも、さっき青木君を見捨てたばかりで、また追い討ちをかけるようなことはしたくないな。

………というのは本心ではあるのですが、一番は大家さんが怖いです。
顔は見れませんが、きっと、般若を覗かせていることでしょう。

「はいはい、そこまで。私の補佐が困っているでしょう」

「そなの?」

中島君に詰め寄られ、まさに目と鼻の先。
大家さんが助けを出してくれた。

「健吾にも迫られて、いい気になってんじゃないわよ」

「後輩のくせに」

「大家先輩と中島と仲良しアピールしやがって」

「ブスがふたりに近寄んないでよ!」

隠す気のない悪意とともに、女子の視線が痛い。

どうせ私は可愛くないですよ。

事実だから、言い返す言葉もない。
縋るように抱きしめたバインダーの形が崩れる。

「………、っ」

「…………」

スッ、とさりげなく体の向きを変えた大家さん、盾になってくれてありがとう。
私の味方は大家さんだけです。

抱きしめたバインダーの形が戻りだす。

人様の物、手荒に扱ってごめんなさい。

「青木さんなら隣の図書室にいます」

わお……。
大家さん、青木君を即売なされた。

友情と保身で揺れた私の葛藤の甲斐なし。

「早くここの掃除を終わらせて、お手伝いに行ってはいかがでしょう」

「えっ、行っていいの?」

「構いませんよ」

「やりー!」

「ただし、先ほども言った通り、ここの掃除を終わらせてから、ですよ」

教室を見渡す大家さん。

「キャー!」

「こっち見た!」

「めっちゃ美人!」

視線を浴びた女子達は順番に悲鳴を上げて、見惚れている男子もちらほら。
腰を抜かす者もいた。

「さぁて、大家さんの許しも出たところで、頑張りますかね」

中島君は手をはたきながら心ここに在らずな生徒達の間を突っ切り、掃除道具入れの扉を開けた。
何本かあるほうきをまとめて取り、近くの人に配っていく。

「あのエセ天女が般若の顔になる前に、さっさと終わらせよー」

「お、おう……」

「わかった」

今まで掃除してなかったんかい!

天女な大家さんの表情が少し般若に寄った。

「皆さん、また後で来ますね」

「はいっ!」

綺麗に揃った返事は軍隊のようだった。


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