翻弄される男
―――――――…


ひなのを引き寄せ、背中に隠すと、上野は何故だか面白そうに、微かに笑う。


一人にするんじゃなかったな。


ひなのは、俺の腕にキュッとしがみついた。その手は微かに震えていて……。


「ひなの……?」

「ごめんなさい、大丈夫……」

俺の拳には無意識に力がこもった。


「何をした?」

「キスだけど?」

「……ッ!!」

思わず俺は上野の胸ぐらを掴み、力任せに引き寄せた。


「……手を出すなと、言った筈だよな」

「笑えますね。俺には、一生懸命なのはいつだって、彼女ばかりに見えるけど?先輩が篠崎さんの気持ちに応えてるとは、到底思えませんよ」

「俺達には、俺達だけの積み重ねた想いがある。それをどうこう周りに晒さないだろ、普通。外野は黙ってろ」

そう言って乱暴につき放すと、上野は乱れた息で少し距離をとり、サッとシャツを整えた。

「まぁ、じっくり拝見と致しますよ。どれ程、高田先輩が本気なのか……ってね」


――まただ。

上野は、面白そうに小さく笑うと、階段を下り見えなくなった。


俺は、小さく溜め息を漏らすと、彼女に振り返る。

ひなのは、今にも泣きそうな瞳を俺に真っ直ぐ向けていて……

俺はギュッと、力強く彼女を抱きしめた。


「ごめん……怖い思いさせた。ごめんな……」


こんなひなのを見たのは、初めてだ。

それ程までに、俺は彼女を無意識に傷付けていたんだと、今更ながら痛感した。


……本当に、今更……だな。


島田の言う通り。
俺が間違っていた。

今の俺がこうしてあるのは、ひなののお陰だ。

ひなのが腐っていた俺に、全力で、誠実に、いつでも本気でぶつかってきてくれていたからだ。

俺は、そんな彼女の想いに、ずっと甘えていたのかもしれない。

ひなのだけが、俺を信じてくれていればそれでいいと。

だけど、結果、ひなのを巻き込んでしまった。


「ひなの、キスしたい」

彼女が、顔を真っ赤にしながら、頷いたのを確認すると、そっと首筋に手を回す。


ガタ……

「あ、先輩、待って、お茶落とし――」

「後で拾う」

そう呟いて、お構いなしに、優しく熱いキスをする。


上野の存在を消すように。



情けないけど、自分の事しか見えていなかった。


俺が変わらなければ、周りの目も、状況も変えられない。



俺自身が、変わらなくては――。





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