翻弄される男
腕時計が昼を示す。
俺は、ポケットに財布を押し込むと、ひなののデスクに向かった。
「終わったか?」
「せ、先輩!?もう終わったんですか!?」
「ああ、何とか間に合った」
「?」
「いや、こっちの話だから、気にしなくていい」
「じゃあ、私も!!」
「ひなのはまだだろ?」
「……はい。あと少しなんで、すぐ終わらせます!」
そう、はにかみながら、嬉しそうに作業を早める彼女の姿に、俺も自然と顔が緩む。
いつもランチには、ひなのが俺を誘いに来るのが日課になっていて、それが当たり前のように浸透していた。
だけど。
こうして、俺から誘うのも悪くないな。
そんな事を思いながら、いつも一生懸命なその背中を、そっと抱きしめる。
「待ってるから、ゆっくりでいいよ」
ビクッと、一瞬肩がはねあがると、耳まで真っ赤にさせたひなのが、小さく囁いた。
「せ、せ、先輩!どうしたんですか?いつもと何か……」
「違う?」
「い、い、い、色気が増量してます」
色気?
「何だそれ」
思わず吹き出し笑う俺に、一段と真っ赤になったひなのが慌てて振り返り、いつものバッグを抱える。
「せ、先輩、おまたせしました!行きましょ!」
「ああ」
背中に上野の視線をうっすら感じながら、俺はひなのとオフィスをあとにした。
『島田先輩って、本当に人使い荒いっすよね〜』
『いや〜迫真の演技!悪かったな、嫌な役まわりさせちゃって』
『ホントですよ~、異動して早々、思いっきり二人に嫌われましたからね!?俺。島田先輩のせいですからね〜?誰か俺を慰めて〜』
『悪かったって!上野には、マジで感謝してるよ。焼き肉にビール飲み放題でど?あ、女の子紹介した方がいいか?』
『マジっすか!?えー、でも、この人の紹介って、不安しかないんだよなぁ……』
『おい、上野、全部、口から出ちゃってるよ?』
『ま!俺、これでも、高田先輩並にはモテるんでっ!』
『自信満々に親指立てるな。……ハイハイ、作用ですか。鋼のメンタルで助かったよ』
『それにしても、高田先輩の為にあそこまでするなんて、先輩も凄いっすね……。え、あ!まさか!先輩、実は高田先輩の事……!!禁断の――!?』
『おい、何距離取ってんだよ!違うよ?真面目な話、アイツには、幸せになって貰いたいんだよ。篠崎ちゃんしか、俺はいないと思ってるし。高田ってさ、トラウマ作った元カノしか見てなかったからさ。そのへんには鈍いっていうか……俺が言っても理解出来なかっただろうからさ……。アイツ、いつも、こう〜飄々としてると言うか〜愛情表現も苦手だし?だから、本当〜に上野には感謝してる!』
『……一つ聞いてもいいっすか?』
『ん?』
『俺って、いつまで嫌われてればいいんすかね?』
『んー……また、異動する?』
『も〜勘弁して下さいよ~』