-かなめひめ-


≪ いのち、ひゃっこめ ≫




 女の三日月のように歪めて笑う唇が動き、鼓膜を不気味に震わせる低い声で言う。

 耳元で呟かれ、さらに背筋はぞくりと疼いた。
 脚が震える。無意識に、歯がカチカチと鳴らしているのが自分にもわかっていた。

 何かに縛られているかのように、身体は硬直していた。金縛りと同じような感覚だ。
 指先さえ一つも動かせないのだ。

 早く逃げたいのに、逃げることさえもできない。
 

「...あ...うぁ....」


 突然の恐怖も、時間を掛けて身体と心に染み込んできたからか、鮮明になり恐怖に支配された意識は、恐れおののいた小さな声をあげはじめる。
 何も声が出なかった燈は、段々と恐れの声を漏らし始めた。

 目の前の女は笑った。
 恐怖をさぞ愉快そうに、縮み上がる心をさらに煽り立てるように、とにかく笑い続けた。


「...きゃあ!?」


 燈は飛び退いて、大きな驚愕の叫び声を上げる。


 右手....その手首を、突然掴まれたのだ。


 冷たい水につけているのではないかと錯覚してしまうくらい、冷たい感覚は手首を覆う。

 さらに、掴む力は女とは思えない程に強かった。掴まれた手首の骨が、音を立てて軋む。




≪ あなたのいのち、いただきます ≫




≪ ...でも、とるのはわたしじゃない ≫





 女の声が嫌に頭に響く。




≪ あなたのしたしいひと?

 それともみずしらずのひと?

 もしかして、じつのおや?



 だれにとられるかしら?




______たのしみだわ ≫




 その声を最後に、女の声は不意に消える。手首を掴まれていた何かの感覚も消え、燈の硬直していた身体は自由になった。


 その瞬間、燈はその場から一目散に逃げ出した。
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