-かなめひめ-
 解放されたその瞬間、何も考えずに、階段を一段抜かしでただ駆け下りた。
 危なっかしい足取りだが、何としてもこの場から___あの女から、逃げ出したかったのだ。


 とても恐ろしかった。恐怖に晒され続けた心はもう崩壊寸前で、気を抜けば今すぐにでも泣き出したい気分だった。
 心臓は警鐘を打ち鳴らすかのように、ドクンドクンと、強く脈打っている。

 今はもう、逃げたいというただ一つの強い気持ちだけが、崩れ掛けのボロボロな心を何とか支えていたのである。


「はぁっ...はぁっ...」


 少ない体力を使い切り、すぐに息が上がる。呼吸を荒く繰り返した肺が、焼けるように痛んだ。
 真夏特有の生温い空気を吸い込み、今はただひらすらに逃げ続ける。

 そして、遠くの方に、一つの光を見つけた。
 階段前にあった、ただ一本だけの電灯の光だ。
さらに、その光の下には、こちらを向いている、何やら見たことがあるような人影があった。

 どうやら、背の高い、黒髪の青年のように見える。

 あれは...。


「...ッ式神さん!!」


 ちょっと前の時も、こんな風に大きな声を上げたことがあるような気がした。

 電灯の光の下に立つ黒髪の青年____式神が、階段を駆け下りてくる燈に気づき、その無表情の顔を、徐々に驚きに変えていった。

 飛び込まんばかりに式神の元へ向かった燈。式神の隣で、安心したような表情を見せた後、膝から崩れ落ち、コンクリートの道路に手をついた。
 肩で大きく息をする燈に、何か危険な目にあったのだと察した式神は、燈の側に座り込む。


「...あんた...有宮、か。
 ...何があったんだ?」

「...うっ...くぅ....」


 式神の落ち着いた声に、燈は理性を取り戻していくのを自ら感じ取っていた。
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