Dear・・・

夜[Kyoko.side]

「慶に聞いて下さい」


キッチンにいた香子の耳に飛び込んできた言葉。


リビングを見ると、そこには明らかに動揺している治の姿があった。


仕事の電話でないのは一目瞭然。


あの電話は誰なのであろうか。


と、電話口から怒鳴り声が漏れてきた。


微かであるが聞こえる。


相手は確実に“慶介”と叫んでいる。


更に耳をすませる。


「慶介とどういう関係なんだよ」


その言葉が聞こえた瞬間、包丁を持っていた香子の右手が震えだした。


眩暈と立ちくらみに襲われ、その場に立っていることさえ出来なくなった。


そして、香子は逃げるように玄関へと向かった。


「あ、お母さん。ただいま」


香子がドアノブに手を掛けようとした瞬間、扉が開き和也が帰ってきた。


和也に言葉を返そうとするのだが、全身の震えから喋ることすらままならない。


「お母さん!どうしたん?」


和也が心配そうに手を差し伸べる。


しかし、香子はその手を払いのけ、家を出て行った。


「お母さん!」


尚も和也は呼び続けるのだが、それが香子に届く事は無かった。





二人の間を遮断するように音を立ててドアが閉まった。



母の異変に、和也は急いでリビングへと向かった。


そこには立ち尽くす父の姿。


「おい、お母さんに何してん」


「いや、何も」


呆然とする父ともう話す気にもなれず、和也は舌打ちをして二階の部屋へと向かう。
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