Dear・・・
昔、自殺した恋人に聞いた話だが、父の弟子の中で同性愛者のカップルがいたのだという。


父自身今でも知らないそうだが、弟子の間ではかなりの噂がたっていた。


たまらずその一人は弟子を辞めたのだという。


しかし、もう一人の方は噂など気づかず、父の元に居座り続けたそうだ。


死んだ恋人は最近入ったため、その人物の名前までは知らなかったが噂の範囲で事細かに教えてくれた。


そのすべてが治に当てはまっているのだ。


出会った当初は、気になりつつもまさかと笑ってやり過ごしていた。


しかし、共に暮らすようになって、その不安は強くなっていった。


そして “慶介”という名前。


普通の夫婦であればやり過ごせるのだろうが、秋山家ではそうはいかない。


今、不安は実像を帯びてきている。


若い女との浮気の方が、どれほど良かっただろうと思ってしまう自分が可笑しく、鼻で笑ってしまう。


現実とはなんと無残なものなのだろう。



夜風に吹かれながら、香子は一人、近所の公園でベンチに腰掛けていた。


しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない。


自分には守るべき二人の大事な子どもがいる。


綾は父の性癖に傷付くだろう。


和也は自分もそういう性癖なのでは悩み続けるだろう。


せめて二人には父の性癖に気づかせたくない。


母、香子の切実な願いだった。


家を出て、一時間ほど。


これ以上、家を空けることが出来ない、と香子は帰る決心をした。
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