Dear・・・
冷たい空気に翔太は身震いする。


その冷たさのおかげで目は覚めた。


「トランク開けて」


慶介に頼むと翔太は車を降りて行った。


誰もいなくなった助手席のシートは思いのほか寂しく、慶介は激しい孤独に襲われた。


シートの暗闇に飲み込まれてしまいそうな錯覚に陥る。


息苦しさの中、体が強張る。


と、窓を叩かれた。


そちらを見ると笑顔で手を振る翔太の姿があった。


慶介は急いで窓を開けようとする。


ゆっくりと開く窓がまどろっこしい。


まだ開ききらない窓から手を伸ばし翔太の服を掴み、自分の元へと引き寄せたい。


そして、その勢いに任せたままキスをしたい。


自分の欲望のままに。


だがそんな事が出来るはずなく、慶介はゆっくりと開くのを待った。


行き場のない手は今にも翔太へと向かいたがっている。


それに気付いてか翔太が微笑みながら問いかけた。


「どうしたの?なんか俺の顔についてる?」


「…あぁ。ほら」


そう言うと慶介はやっと開いた窓からそっと手を伸ばした。


その手は、翔太の頬をかすめ髪に触れあるはずのないゴミを取った。


「ありがと」


翔太は慶介に微笑む。


「じゃあ、家着いたらメールしてね」


手を振り翔太は家の方へ向かった。






発進した車の音に振り返り、翔太は慶介を見送る。


先ほど慶介に触れられた髪を触り、慶介の温もりを探す。


今すぐ自分の元へ戻ってくる様に祈ってみる。


だが、そんな想いが届くはずなく、車は見えなくなった。


零れそうな涙をこらえ、翔太は家へと入って行った。
< 36 / 214 >

この作品をシェア

pagetop