Dear・・・
第二章・想い

智貴の場合

美形な顔立ちと歌のセンスは母親譲り。


頭の回転の速さと女癖の悪さは父親譲り。


その二人は俺が十歳の時に別居した。


原因は親父の浮気。


でも、まだ籍は入ってるから一応夫婦だ。


母さんは親父からもらってる金で横浜の山下公園近くにバーを開いた。


母さんは店が暇な時はいつも片隅に置かれたピアノを弾いていた。


いつも短調の悲しげな曲を弾く母さんの背中は、寂しそうだった。


強がって飛び出したわりに、母さんは親父を忘れてなかった。


俺なんて目に入ってなかった。


そんな母さんを見るのが嫌で、俺は中学の頃ほとんど家に帰らなかった。


誰かとつるんでたわけじゃなく、ただ一人でぶらついてた。


たまに見知らぬ女の家に泊めてもらったりしてた。


女は良い。


顔が良いってだけで、見ず知らずの俺を家に入れいつでも温もりをくれた。


生きてる意味などなかった。


おそらく生まれてくる意味などもともとなかったのだろう。


真面目に生きるなんて馬鹿げてると思ってた。


それを見かねて母さんは、高校進学の時、俺を私立の男子校に入れた。


そこで慶介に出会った。


慶介は顔が良かった。


こいつとつるめば落ちない女はいないだろう、とそんな打算で近づいた。


だが、慶介は顔以上に性格が良かった。


誰かと、そして男とつるむのも悪くないと思った。


そしてその頃から俺と母さんの関係は良くなった。
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