Dear・・・
何年も別居していた智貴の両親の話は、メンバー全員承知の話。


物珍しさもなく、特に深入りする事もない。


智貴自身、そんな哀れみを求めていなかった。


「ちょっと智貴寂しそうだったな」


翔太が少し心配そうに店を振り返った。


「そりゃ、親父がいなくなるんだもん」


あまり覚えてはいないが、幼い頃の父の死を思い出す。


突然の事故に母が発狂気味になり、姉が子どもながらに母を励ましていた。


自分自身は思い入れがないため、気持ちは分からないが、母と姉の姿からいなくなる悲しさは学んだ。


そういえばその時、泣かない俺の変わりに翔太が泣いてくれていた。


三歳の翔太は何を思って泣いていたのかは分からないが、俺の横で泣き続けていた。


本当に翔太はいつも自分のそばにいてくれてたのだと、改めて感じる。


あの時の様に、何も考えずにただ互いがいれば良いとなればどれほど楽だろうか。


慶介はゆっくりと空を見上げた。


翔太は慶介の寂しそうな横顔をただ見つめていた。


父親との事を思い出しているであろう慶介にかける言葉が見つからず、無言になる。


しばらくの間沈黙が続いた。


無言の後、翔太が満面の笑みで話始めた。


「そうだ。明日さあ、慶介うち泊まりこない?」


突然の誘いに慶介は戸惑った。


「え?急になんで?」


「いや、別に意味は無いんだけどね。嫌ならいいんだけど」


「嫌じゃないよ。行く」


「そんな必死にならなくても」


笑いながら翔太が言った。

「じゃあ、明日飲んだ後そのまま家来なよ」


慶介は戸惑いながら返事をする。


「家近いから最近泊まる事とか全然なかったよなあ。懐かしいな」


翔太は楽しそうに思い出を語るが、慶介は翔太の心中を察しかね、動揺を隠せないでいた。


楽しそうな翔太の言葉はまるで慶介の耳には入ってこない。


とりあえず、慶介は明日の夜までは落ち着きを取り戻せそうに無い。
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