臆病者の逃走劇.
私の好きな人
「あ、はやとー!」
朝、校舎に向かって歩いている私の隣を、茶色いパーマがかった髪を揺らして、通りすぎていった女の子。
その視線の先を見て、案の定そこにいた男の子の姿に、ひそかに胸をときめかせる。
「おお、美紅」
「おはよ、隼人!」
「おはよう」
ニッと笑ってみせるその笑顔は、意地悪っぽくて、でもどこか暖かい。
顔の整った彼は、その立ち姿さえもかっこよくて、たくさんの女の子を魅了してしまう。
彼の名前は、東条 隼人〈とうじょう はやと〉くん。
学校でたぶん一番の人気者で、
たぶん、私の、…好きな人。
そのまま二人並んで歩いていく後ろ姿を眺めて、そっとため息をつく。
彼は、色んな女の子たちに好かれていて。
とても整っているとは言えない顔をした私では、自信もないし、周りの目も気になって、あんんな風に彼のもとへは行けない。
だから私は、こうして好きだなんて言っているけれど、彼と話をしたことはないし、目を合わせたこともない。
…あの、去年の冬の、短い時間を除いて。