臆病者の逃走劇.
図書室の、受付。
ノートの広がった机。
「………っ」
見上げたまま、息を飲んで固まる私をじっと観察して、東条くんは口を開いた。
「…呼んだ?」
「え、」
「俺の名前」
聞かれてた。
ふと口から零れ落ちた、名前。
なんとかごまかさなければと気持ちが焦って、目をそらしてしまう。
「あ、えと、見えたから」
「…ふうん」
「………」
「……ほんとに?」
光をさえぎったまま、私を見下ろす東条くんは。
ひどく綺麗。
静かな会話と背を向けた東条くんに、ちらほらといる周りの生徒たちは気付かない。
「ほんと、だよ」
目を逸らしたまま、呟く言葉は、うそだって言っているようなものだけど。