Avarice Deep
EP 01 - ira -
俺にもやっと"趣味"ってもんが出来た、出来るまではくだらない物と思ってい
たそれは意外にも悪くはない代物だった、まぁしかし何かをコレクションした
り全国で大会が開かれる様な一般向け趣味でない事は確かではあるから変人扱
いも仕方がないのかもしれない。
俺は"趣味"を手に入れた事により"変人"扱いを受ける様になった、そんなに変
わっているのだろうか、自分の一番嫌いな日に一番嫌いな喫茶店の一番嫌いな
日も当たらない一番奥の席で一番嫌いな良い香りが一切しないコーヒーを啜り
ながら一番嫌いな小説家の一番嫌いな駄作の一番嫌いなプロローグを舐め回す
様に読む...。
そんなに変人じみた事を俺はしているのだろうか、自分が好む"娯楽"を好きな
様に好きなだけ楽しむ、最も自分が嫌いな何かを率先して趣味として行う事が
そんなに逸脱しているのだろうか...。
いや間違っているはずがない、他人に自分の趣味をとやかく言われる筋合いは
ない、誰かに迷惑をかけている訳でもないのだ、例え俺が異常な程のマゾヒス
トだったとしても、やはりそれで"変人"扱いをされるのは気に食わない。
「俺は怒っている」
それはその趣味を始めて3回目の日曜日だった、俺は基本的にバックを所持し
ない、必要になるだけの物を普段から持ち歩かないからだ、しかしこの日だけ
は出来る限り小さめではあるが普段持ち歩かないバックが俺の右手には握られ
ていた、丁度トカレフが一丁が入りそうなバックが。
トカレフ、まぁ端的に言えば拳銃だ、じゃあ何故そんな危ない物をこの日本で
持ち歩いてるかって?考えるまでもない事、拳銃の用途なんて"生"を断ち切る
つまり人間を殺す事でしかその存在を示せない愚かな物だ。
では誰かを殺す気?当然だ、そうでなくてはわざわざこんなバック持ち歩いて
までいつもの喫茶店になんて向かわない、対象?強いて言うなら"俺を俺が嫌い
な目で見たきた人間全て"って事になるのだろうな。
俺の趣味を馬鹿にする奴、あるいは俺の事を俺が嫌いな目で見た奴を俺は許さ
ないし許されてはいけないのだ、俺の信じていない神様ならきっと"殺せ"と仰
るはずだ、だから俺はコーヒーを運んで来た店員にトカレフの銃口をしっかり
と向けてこう言った。
「俺は怒っている」
怯える店員に構わず俺は引き金に指をかけ手前に引こうとした....が"それ"は
そのタイミングで起こり、"真っ黒"な何かは恐らく街の全てを飲み込んだ、目
の前に居た店員の肌は腐食し悪臭が漂う、増々イライラが俺の心を侵食してい
く。
「自殺願望でもあったのか?あんた」
俺は何の迷いもなく引き金を引いた、テレビの中で響く音よりもう少し大きめ
だった思う、多少の耳鳴りが俺のイライラを更に向上させやがる、もうどうで
もいい全ての人間がこうなっているなら殺しても問題はないだろう、いや殺さ
なくてならない。
意味の分からない使命感にも似た何かは俺の"殺人欲"を程良く擽ってきやがる
俺は店から街へ移動しつつゴミの様に存在する"それ"を殺し続けた、何故か弾
が尽きる事はなかったが殺せば殺すほどイライラが増していくのが分かる。
殺すその瞬間だけは気持ちが良いのだがその直後にまたイライラが俺を襲うの
だ、まるで薬厨の馬鹿がフラッシュバックに襲われる様なイメージと変わらな
い、それはそれでまたイライラしやがる。
「なんなんだよ、これ...ん?」
そんな時だった、俺の目の前には今にも"それ"に殺されそうな一人の女が地面
に横たわっている、制服を着ている事からすると15、6のガキってところだ
ろう...どうでもいい、どうでもいいはずなのに何故だか目が離せなかった。
「はぁ...殺すなら優しくしてよね、私死ぬのは初めてなんだから」
これだ、これが目を離せない理由なのだと俺は確信した、女はこんな状況にも
かかわらず顔を火照らせ潤んだ瞳で"それ"を見詰めていた、まるで初めて男を
知る瞬間の様な恋人に自らの身体を許すかの様な。
"抱いてみたい"素直にそう思った、だからこそ俺はその女を救った、この状況
でこんな異常とも取れる思考を行った女を俺は知らない、初めて見る貴重な存
在だ、繊細に扱ってやろう。
しかし救った後の女は先程までの魅力を嘘の様に綺麗さっぱり失っていたのだ
"助かって良かった""死なずに済んだ"そんな一般的かつつまらない感情が見え
に見えている、こんな事があり得るのだろうか、俺は気が付くと知らず知らず
の間にその女に近付き話しかけてしまっていた。
「女、あんた名前は?」
「え?名前ですか?...えと"みなと"って言います」
「ありきたりな名前だな」
「はぁ?何ですかいきなり...じゃ、じゃああなたは何て言うんです?」
「俺?俺は...」
名前を聞いたら今度は逆に聞き返されてしまった、さて本名を名乗るのも何だ
か癪だ、一般的にはあまりよろしくないのだろうが堂々と偽名を名乗らせて貰
う事にしよう。
「"イラ"...そう呼んでくれ」
「偽名を名乗るにしてももっとマシな物があるんじゃありません?」
全くその通りだ、世の中に何千何万とある偽名の中で特にこの日本という国で
はまず通用しないであろう"イラ"なんて偽名をどうして使ってしまったのかは
本人である俺ですら分からない、まだ"田中太郎"と言った方がすんなり通りそ
うである。
「皆からそう呼ばれてから仕方ないだろ、兎に角そう呼んでくれ」
「ふぅん、じゃあイラさん...でいいんですね?」
「あぁ、それでいい」
何とか"イラ"で通ったようだ、偽名を考えたら一番最初に浮かんできたフレー
ズがそれなのだから仕方がない、俺は助けてやったのにお礼も言わず文句を付
けてくるこのガキに手を差し出し立たせながら心の中で小さくそう呟いた。
「お前、これからどうするんだ?」
「え?」
「だからこの状況で次に何をするか決めてるのかって聞いてるんだ」
「い、いえ...特にプランも不在です」
「不在ねぇ...よしお前、俺と一緒に来い」
「え?」
「何だ、嫌なのか?嫌なら仕方ない俺は先に行こう」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!考える時間も貰えないんですか?!」
「そんなもんいらねぇだろ、俺の聞いてんのは"死にてぇのか""生き残りてぇ
のか"ただそれだけだ、いいからさっさと答えろ」
「そ、そりゃあ...生き残りたいですよ」
「なら決まりだな、ついて来い」
「はい...(強引な人だなぁ)」
こいつもだが今日の俺もどうかしてる、思ってもいない事が次から次へと喉を
伝って俺の口から放出される、こんなガキ連れてるだけ足手まといにしかなら
ないってのに...まぁ飽きたら使うだけ使って捨ててやるだけだ。
「あの、これから何処に行くんですか?」
「さぁな、ただはっきりとしてんのは...」
『天国じゃあねぇって事ぐらいだな』
To Be Continued...