獣耳彼氏
「どうした」
私の視線に気づいた秋月くんが見下ろす。
茶色の瞳が私を見ている。
暗くなった空の下彼の顔に影を落とすが、その瞳だけは色がはっきりしている。
彼の茶色の瞳だけは。
「なにもないですよ。あ、強いて言うなら、耳が触りたいですけど」
「…っは」
鼻にかけた笑い。
呆れたように笑う秋月くんはやはりかっこいい。
ただ少し笑ってくれるだけで、私は嬉しくなるんだ。
ーー仲睦まじいとまではいかないが、穏やかな雰囲気を醸し出す二人を見ていた人物が居た。
遠く離れたところから睨むようにして立つその人。
黒いパーカーのフードを目深に被り、人の視線から逃れるように隠れている。
「……」
口を真一文字に引き結ぶ。
フードの下から微かに覗く瞳がいびつな形に歪められた。
薄い唇が引き上げられる。
ジッと見ていた二人の姿が曲がり角で見えなくなった。
それを機に、その人も踵を返す。
闇の中に溶け込むかのようにその姿は捉えられなくなった。
不吉なほどにカラスの鳴き声だけが上空に響いていた。