獣耳彼氏
開かれた襖の先には、広い畳の和室が広がっている。
それだけ。あの緑色は一切ない。
ただ広い和室の片隅に嫌に存在感のある祠が一つ、鎮座している。
驚くことに、さっき襖の向こうに居たあの緑色の存在は跡形もなくなくなっていた。
司さんは何事もなく中へと入っていくのに対し、恐る恐る足を踏み入れる。
「あの…さっきのは、何だったんですか?」
龍のような顔をした存在と声。
それが、私の言うさっきのにあたる。
司さんは歩みを止めることなく、祠の前まで行く。
私も彼女に付いて行くが、祠から数本離れた所で足を止めた。
あの祠の近くにまで行くには、少し憚れたからだ。
「ごめんなさい。見て貰った方が早いと思ったのだけど、リョクがふざけたわ」
『申し訳ない』
「本当よ」
「え?あの…」
再び脳内に響いてきた声。
その声は司さんの言葉に応じて謝罪をするが、やはりここには私と司さんのみで、姿は見えない。
それに先ほども出た名前、リョク。
「出てきて」
司さんが言った途端、祠が明滅を始めた。
合わせて彼女のつけているブレスレットが輝き出す。
明滅が段々と強くなり、目が開けていられない。
目を閉じていても、強い光が瞼を通じて辺りを包み込んでいるのが分かる。