獣耳彼氏
上手く言い表せられないけど、椎名先輩じゃない。
いつもの部長、椎名先輩じゃない。
纏う雰囲気が別物だ。
無言で距離を詰めてくる先輩に思わず後ずさる。
瞳は虚ろで何も写していないように見える。
その瞳が私を捉えた。
秋月くんのとは似ても似つかない。
淀んだ黒い瞳が私を離さない。
段々と距離が縮まって来ているのに。
逃げられない。逃げないとと思うのに、その思いとは反して体が動かなかった。
まるで金縛りにあったかのように、意識だけが働いて体が言うことを聞かない。
手が伸ばされる。その手が私の首を掠めた。
その瞬間だった。
ードカンッ!大きな音を立てて目の前の先輩の体が吹き飛び、次いで体の自由が戻った。
ふわりと風が髪を揺らす。
何が起きたのか分からなかった。
先輩が飛ばされた方では彼が倒れた衝撃で土煙が上がっている。
「マコト!」